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「東アジア共同体」を構築するために“日本型TPP”を促進すべき

  • 明治大学 国際日本学部 准教授
  • 金 ゼンマ

2015年に大筋合意に達したTPP(環太平洋パートナーシップ)ですが、アメリカのトランプ大統領が離脱を表明し、暗礁に乗り上げています。トランプ大統領は国内経済のことだけを考えてTPPに反対しているようですが、TPPがもっているもっと大きな意図に目を向けて欲しいという指摘があります。

TPPの目的は自由貿易だけではない

金 ゼンマ いま、アメリカの新大統領であるトランプ氏は、非常に保守主義的な政策を行う意向を示しています。これに危機感を覚える人は多いと思います。それは、極端な保守主義が、20世紀に2つの世界大戦を引き起こす契機ともなった世界の保守的な経済外交を思い起こさせるからです。私たちは、この世界大戦の反省から、ガット(GATT)を定めたり、世界貿易機関(WTO)を設立し、貿易の自由化を促進してきました。その歴史を、トランプ大統領は押し戻そうとしているかのようです。あまりにも国内経済のことにしか目を向けていない視野の狭さを感じます。しかし、そうした保守主義では、もう国内経済を上向かせることはできないでしょう。例えば、サプライチェーンのグローバルな拡がりひとつをとっても、もう20世紀初期の状態に戻ることは不可能なのです。広い視野で歴史を考えてみれば、トランプ大統領が離脱を表明しているTPPも、その本当の意義が見えてきます。確かに、TPPについては日本でも様々な議論があります。その中には、TPPの自由貿易の側面のみを捉えている議論もあります。しかしTPPは、貿易の自由化を目的として関税の撤廃や削減などを目指すFTAとは異なる性格をもっています。その意義をアジアの歴史から見てみましょう。

日本型経済連携協定の色合いが強くなったTPP

 第2次世界大戦後、ヨーロッパの欧州連合構築の動きを受け、東アジアでも共同体をつくる動きが起きます。まず、1990年にマレーシアのマハティール首相が、EAEC(東アジア経済協議体)という東アジアにおける経済グループの枠組みを提唱します。しかし、これはアメリカの猛反対に遭います。アメリカは、東アジアに排他的な経済ブロックができ、そこから閉め出されることを懸念したのです。その後、韓国の金大中大統領がEAEG(東アジア経済グループ)を提案したときもアメリカは反対し、シンガポールのゴー・チョク・トン首相がASEM(アジア欧州会合)を提唱したときはアジア側の足並みが揃わなくなっていました。

 その間、日本の立場は微妙でした。アメリカが反対するものに積極的に参加することはできず、また、かつて大東亜共栄圏構想を基に東南アジアに進出した歴史もあり、イニシアティブをとることもできませんでした。この状況を変えたのが、2001年に就任した小泉首相です。小泉首相は、「東アジア共同体」をいきなり提唱するのではなく、2国間の経済連携協定を提案したのです。しかも、重要なのはこの協定が自由貿易を主目的としたFTAではなく、例えば、投資、人の移動、知的財産の保護、競争政策におけるルール作りなど、様々な分野での協力を含む経済連携協定(EPA)であったことです。つまり、貿易の自由化だけでなく、相手国の経済発展を促し、それによって政治的安定を実現し、ガバナンスの向上を目指すことを意図していたのです。このEPA協定は、まず2002年にシンガポールと結ばれます。当時の日本にとって、シンガポールと協定を結んでも経済的メリットはほとんどありませんでした。しかし、小泉首相の意図は、こうした2国間のEPA協定を広げていくことで、東アジア経済共同体を構築することにありました。実は、こうした効果をスピルオーバー効果といいます。1950年代末にエルンスト・ハースらが提唱した理論で、例えば、A国とB国が経済的に協力して統合し、信頼関係を築いていくと、この経済統合はやがて社会的な統合につながり、さらに、それを見ている近隣国にもその関係が拡散し、地域の政治統合につながっていくことを理想とする理論です。EUも、このスピルオーバー効果に基づいてつくられた枠組みです。日本は、シンガポールに続き、2005年にメキシコ、2006年にマレーシア、2007年にタイ、2008年にインドネシア、と次々に協定を結び、現在は15のEPA協定が発効済みとなっています。

 ところが、こうした状況に変化が起きたのが、TPPへのアメリカの参加です。もともとTPPは、P4と呼ばれる小国(ブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポール)がつくった枠組みでしたが、先に述べたように、東アジア経済圏から閉め出されることに懸念をもっていたアメリカは、環太平洋という枠組みなら自らも参加でき、ルールセッティングできることに目を付けたのです。私たちアジアの人間は、アメリカの目がそれほどアジアに向けられているとは思っていませんが、実は、アジアは世界からエマージング・マーケット(新興国市場)とみなされ、注目されているのです。アメリカが参加したのを受け、日本も2013年にTPPに参加します。ここで重要なのは、アメリカや日本が参加したことで、TPPの条項は日本が進めてきたEPAに非常に近くなったことです。つまり、自由貿易だけでなく、知的財産権や環境、労働などの分野でもルール作りが行われ、非常にハイレベルな経済連携協定となったのです。TPPはEUに匹敵するような、環太平洋地域の平和構築を目指す枠組みになったといえるのです。

「東アジア共同体」に向けて日本はリーダーシップをとるべき

金 ゼンマ 実は、TPPには中国を牽制するという狙いもあります。TPPの条項が非常に民主主義的で、ハイレベルな内容になっているのは、東アジアのマーケットにおいて主導的立場をとりたいアメリカが、中国がTPPに参加できないようにして、中国を封鎖しようとしているともいわれています。しかし、中国もRCEP(東アジア地域包括的経済連携)の推進や、AIIB(アジアインフラ投資銀行)の設立、「一帯一路」構想によって対抗します。一帯一路とは、中国から中央アジア、ヨーロッパをつなぐ「シルクロード経済ベルト」を一帯、中国沿岸から東南アジア、インド、アラビア半島、アフリカ東岸をつなぐ「21世紀海上シルクロード」を一路として、この2つの地域の貿易促進を図る壮大な経済圏構想です。ところが残念なことに、この構想は自由貿易を主目的としており、経済連携によって地域の政治的安定を実現し、ガバナンスの向上を目指す、TPPのような理念はありません。つまり、中国の経済効果を目的とした、レベルの低い貿易協定ともいわれているのです。

 日本の軸足はEPAからTPPへと移り、アメリカの離脱表明によって、それも揺らいでいます。しかし、TPPには環太平洋のみならず、東アジア共同体を実現する大きな可能性があります。アメリカが本当に離脱しても、日本が主導して発展させていくべきでしょう。実は、ASEANには、ASEAN主導でアジアに共同体をつくるべきだという強い思いがありました。しかし、経済の格差や、ASEANディバイドといわれる亀裂が起こり、ASEANもひとつにまとまることができないのです。マレーシアのマハティール首相が提案したEAECが挫折した経緯もあり、日本にリーダーシップをとって欲しいという動きに変わりつつあるといいます。日本にとって注意すべきは、アジアの人々には、日本が大東亜共栄圏の名の下に進出してきた記憶があることです。この記憶は簡単に消えるものではありません。日本の国益を全面に出しては、反発を生むでしょう。アジアの人々と同じ立場で発言し、一緒に経済やガバナンスを向上させていこうという動きこそが重要だと思います。日本国内にもTPPに反対する声があるのはわかります。しかし、東アジアの平和構築が、長い目で見れば日本の国益につながることを考えてほしいと思います。

 最後に、私はアメリカがTPPから本当に離脱するのか疑問に思っています。もう、保守主義で国内の経済を好転させられる時代ではありません。また、トランプ大統領がいう2国間協議が簡単にまとまるとも思えません。むしろ、アメリカはアジアのエマージング・マーケットに注目し、中国の台頭に神経を尖らせてきたのです。TPPの内容はそのまま、TPPという名称を変えた新たな経済連携協定を立ち上げ、協議を再開する可能性もあるのではないでしょうか。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

金 ゼンマ

明治大学 国際日本学部 准教授

研究テーマ
FTA/TPPをめぐる政策決定過程、アジア太平洋の地域統合、日韓の政策比較
主な著書・論文
  • 『日本の通商政策転換の政治経済学: FTA/TPPと国内政治』(有信堂・2016) 
  • 「グローバリゼーションとニュー・リージョナリズム:拡散と収斂の相互作用」(浦田秀次郎・金ゼンマ編『グローバリゼーションとアジア地域統合』勁草書房・2012).
  • 「東アジアFTAと国内政治:韓国の事例から」(松岡俊二・勝間田弘編『アジア地域統合の展開』勁草書房・2011)
  • 「韓国のFTA政策決定過程:東アジア共同体への示唆」(『アジア太平洋討究』第17号・2011)
  • 「日本の音頭で地域FTAを」(『朝日新聞』全国紙朝刊 2010年11月17日掲載)
  • 「日本のFTA政策をめぐる国内政治:JSEPA交渉プロセスの分析」(『一橋法学」第7巻第3号・2008)
  • “Japan and the Trans-Pacific Partnership (TPP): Rule Setter or Follower?” Journal of Asia-Pacific Studies 21, 2013.
  • “East Asian Regional Integration and Domestic Politics,” in Amako S., Matsuoka S., and Horiuchi K., (eds.), Asian Regional Integration in East Asia: Theoretical and Historical Perspectives (Tokyo: United Nations University Press, 2013).
  • “Governance Reconsidered in Japan: Searching for New Paradigms in the Global Economic Downturn,” The Korean Journal of Policy Studies 24(2), 2010.
  • “Bilateral Trade Agreements in the Asia-Pacific: Origins, Evolution, and Implications,” Asian Regional Integration Review 2, 2010.

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