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誰もが生きやすい社会の構築に向けて ―経済政策からの考察―

  • 明治大学 政治経済学部 准教授
  • 飯田 泰之

「70点」を目指す経済政策

飯田泰之准教授 私はマクロ経済政策の計量的分析を研究対象としている。マクロ経済学は、経済主体の最小単位である家計(消費者)、生産者である企業などを分析対象とするミクロ経済学とあわせて、経済理論の核となる部分である。国民所得や失業率、インフレーション、貿易収支など、経済全体に共通するマクロ経済変数の決定と変動に注目し、適切な経済指標、望ましい経済政策等、一国経済全体を考察するのが主な研究分野だ。
 マクロ経済学に限らず、現代の社会科学の前提となるのが、実証分析であり検証可能性である。つまり、理論的仮説をデータや経験で確認すること、それによって理論の取捨選択を行うことが出来ることが「研究」であるための条件となっている。極端に言ってしまえば、理論だけであれば何とでも言える。たとえば税金を上げれば景気が良くなるということを理論化することも、悪くなるというモデルを作ることも簡単だ。経済政策に限らず政策すべてにおいて、計量的にデータで確かめられないものは「あやしい」と言わざるを得ない。
 もちろん、過去の歴史においては、実証分析を経た研究結果を参考にしたわけではなく、天才的な直感や勘で一時代を切り拓いた人もいる。しかし経済学を含む社会科学一般が目指すのは、天才ではなくても“70点”程度の政策運用ができるマニュアルを作ることではないかと考えている。天才依存の政策はその人が引退すれば、終わってしまう。現在注目されている、インフレーション・ターゲットや名目GDPターゲットといった経済政策は、天才的な中銀マンがいなくても運用可能なシステムとして考案された。仮説を設定しデータで検証し“70点”の解答を導くこと。ファーストベストではなくセカンドベストを目指すことが、安全で安定的な経済政策の運用につながると考えている。

「アベノミクス」をどう評価するか

 現在、政府はデフレーションからの脱却を目指した経済政策を積極的に推進している。それが「三本の矢」に象徴される、いわゆる「アベノミクス」だ。私個人としては、好感を持って受け入れている。特に「第一の矢」である大胆な金融政策は高く評価できる。2%の物価目標を掲げたインフレターゲットを導入し、目標達成まで無制限の量的緩和政策をとることを決定したものだ。一部ではインフレや金利上昇を懸念する向きもあるが、ほとんどの先進国においてもすでに実施されている政策であり、2%というインフレ率は先進国では平均的な値といってよい。
 日本は周回遅れでようやく着手したが、これはデフレーション脱却に向けた決め打ち的政策といえるもので、過去のデータから言っても、1~2年後には生活者にもデフレ脱却、景気好転の実感につながると考えられる。「第二の矢」である景気対策としての財政出動は借金を増やすだけで経済効果は乏しいと思われるが、金融緩和の効果が出るまでのつなぎの政策として致し方ない側面があることも否めないだろう。
 そして「第三の矢」である。持続的な経済成長のためには強い経済への転換を目指す成長戦略も極めて重要である。ただ懸念されるのは、成長戦略をまとめた「産業競争力会議」内に、規制緩和による競争促進を主張するメンバーと特定の産業分野を政府が戦略的に育成する「ターゲティングポリシー」を主張するメンバーが混在していることだ。私は成長戦略の肝は産業政策でなく「競争政策」であると考えるため前者を支持するが、いずれにせよ安倍首相は成長戦略の進むべき方向性を決断・選択し、そして継続していくことが重要となるだろう。

「再分配政策」の重要性

飯田泰之准教授 経済政策で重要なのは、潜在GDPを成長させて経済の実力を上げる「成長政策」、実力を発揮する「安定化政策」、そして結果として生じる不幸をメンテナンスする「再分配政策」を継続することであり、一つでも欠ければ政策は長続きしない。
 このなかで「再分配政策」はつい見落とされがちで、成長・安定化の阻害要因であるかのようにとらえられることがある。「成長政策」や「安定化政策」で経済が成長すると、パレート改善(個人の満足水準は低下させず、少なくとも一人の個人の満足水準を高める変化)が起こる。つまり、悪くなっている人はいないが、良くなっている人もいるという格差の発生だ。再分配がなければこの格差に対する不満が蓄積し、政権基盤を揺るがす要因となりかねない。「アベノミクス」には、成功すればするほど、この「再分配政策」が欠けていることによる問題が深刻化するだろう。私は所得と資産に依存した再分配が必要と考えている。資産への課税の方法としては相続税の増税がよいだろう。たとえば一律10%の相続税を課せば8兆円の国庫収入となり、これは消費税増税の3%に相当する。広く浅い相続税には資産逃避の心配も薄い。さらに相続税増税は、消費喚起や生前贈与の増加など、増税の中でも唯一景気にプラスに働くとされている。
 不況による税収減と社会保障費の増大によって国と地方の財政は悪化した。それを打開すべく、来年春に消費増税が予定されているが、デフレが続く中、増税で解決しようとしても逆効果である。比較的控えめな内閣府の試算でも3%の消費税引き上げは経済成長率を1%以上押し下げるとされており、税収がさらに不足する事態を招きかねない。消費増税が必要であることに異論はないが、段階を踏んで時間をかけて上げていくのが望ましい。今の経済状況の中での3%消費増税は、大きな問題をはらんでいると言わざるを得ない。

GDP名目成長率4%実現へ

 私が考える理想の社会は、さほど頑張らなくてもほどほどに幸せを感じられる社会だ。ぼんやり生きていても、まず死ぬほどの危地に陥ることはなく、それなりに頑張ればちょっといいことがある――そんな社会が生きやすい。このように書くと、経済成長に否定的なように感じられてしまうかもしれないが、それは違う。「ほどほどの社会」を構築するには年2%の実質成長が不可欠だからだ。私たちの生産効率というのは、新発明や仕事への慣れなどでおしなべて年2%上昇するとされている。そうであれば、経済もまた毎年2%伸びていかないと仕事がなくなってしまう人、つまりは失業が発生することになるわけだ。この2%を維持するために求められるのが2%のインフレーションなのだ。実質成長率2%と物価上昇率2%を併せてGDPで4%の名目成長を実現すれば、税収は毎年4.5%増えることになる。GDPに対する借金の割合は減り、財政問題の解決にも大きく貢献することになるだろう。まずは今後3年間で名目成長率4%を軌道に乗せられるかどうか、デフレ脱却のみならず日本経済の命運がかかっているといっても過言ではない。
 さらにその成長を10年間維持することが、日本経済の再生・復活のカギを握っている。そのためにも、規制緩和を中心とした強力な成長戦略を推進することに加え、現在進められている金融政策を継続していくことが重要であると考えている。

※掲載内容は2013年9月時点の情報です。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

飯田 泰之

明治大学 政治経済学部 准教授

研究分野
経済政策、マクロ経済学
主な著書・論文
  • 『地域再生の失敗学』(光文社新書、2016年)
  • 『NHKラジオビジネス塾 思考をみがく経済学』(NHK出版、2014年)
  • 『NHKラジオビジネス塾 日本がわかる経済学』(NHK出版、2014年)
  • 『リフレが日本経済を復活させる』岩田規久男・浜田宏一・原田泰編(中央経済社 、2013年)
  • 『世界一わかりやすい経済の教室』(中経文庫、2013年)
  • 『思考の『型』を身につけよう 人生の最適解を導くヒント』(朝日新書、2012年)
  • 『飯田のミクロ』(光文社新書、2012年)
  • 『世界同時不況と景気循環分析』浅子和美・飯塚信夫・宮川努編(東京大学出版会、2011年)
  • 『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン、2010年)
  • 『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21、2010年)など

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