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ダイバーシティの根幹に触れるヒューマンライブラリーの取組み

  • 明治大学 国際日本学部長 教授
  • 横田 雅弘

最近、ダイバーシティ(Diversity:多様性)という言葉をよく耳にします。企業の間でもダイバーシティ・マネジメントが注目されているといいます。しかし、そのためにはどんな取組みが必要なのか。本学の横田ゼミが行っている「ヒューマンライブラリー」に、その答えのヒントがあります。

「異文化間教育」は「外国人」の問題だけではない

横田 雅弘 私の研究領域は、「異文化間教育」です。特に、海外からの留学生など、日本とは異なる文化をもって日本に来る人たちについて研究していました。その一環として、外国から来た人たちを支援するボランティア団体を1988年に立ち上げました。このボランティア団体には、学生や主婦など様々な人たちが参加してくれたのですが、男女間や世代間でコミュニケーションがあまり上手くいきませんでした。例えば、在職中に数々の海外赴任をしてきた、いわゆる国際人といわれる男性が退職後に参加してくれたのですが、団体で行っていた会計のやり方を「おばちゃんの家計簿」と揶揄したりするのです。これではメンバーの主婦の人たちと上手くいくはずがありません。国際人といいながら、地域社会で自分のできる範囲でがんばってくれている多様な方々の参加の仕方も理解してもらえないのか。そう考えると、異文化間教育とは、なにも外国人だけを関心領域にするものではないな、と思い始めました。

 そこで、私の前任校の授業で、一生のうちに一度も話す機会がないかもしれない人たちに会って話を聞き、その体験をワークショップで発表するという取り組みを始めました。例えば、ホームレスの人であるとか、ゲイの人、神父さんなどから話を聞いてくるのです。すると、ほとんどの学生が、事前に抱いていたイメージと、実際に会って聞いた話とではものすごいギャップがあり、ショックを受けたというのです。異文化間教育のテーマは「国際」だけでなく、私たちの周りに普通にある「文化際」的なものも含まれるのだと思うようになり、私の研究関心も広がりました。

自分の深いところが直接揺さぶられる「ヒューマンライブラリー」の体験

ヒューマンライブラリーの様子ヒューマンライブラリーの様子 2008年、「ヒューマンライブラリー」のことを知り、私は衝撃を受けました。それは、一人の人を「本」と見立て、読者に30分間貸し出され、一対一で「本」の貴重な経験を聞くことができるという、「人を貸し出す図書館」というイベントでした。ゼミの学生たちにもちかけると、大変な議論となりましたが、やってみようということになりました。以来、ほぼ毎年11月終わり頃の日曜日に実施し、第8回となる2016年には、34人の人が「本」となり、読者は300人以上集まりました。開催は本学の中野キャンパス一棟をまるまる使うかたちで、「本」の人たちが一人ひとり待機し、読者と一対一で話す個室のほか、義足体験コーナー、幻聴妄想カルタ体験コーナー、障害者プロレスの選手の公開スパーリングなど、様々なイベントを行いました。ヒューマンライブラリーは世界70ヵ国以上で行われており、国内では、本学のほかにもいくつかの大学や図書館、福祉協議会などが主催し、過去におよそ50回程度は開催されていると思いますが、本学のヒューマンライブラリーが国内では最大規模です。

 準備から運営まで、すべて横田ゼミの学生が行います。「本」となってもらう人たちと何度も会合を重ね、理解を深めることから始まり、地元企業や商店を回って説明し、理解を得ることまで。その結果、いまではファンドレイジングをはじめとした、様々なかたちの協力をしてもらえるようになりました。こうした活動を通して、学生たちは大きく成長します。「人間は多様で良いのだ」ということを率直に理解したり、例えば、「この人は可哀想な人だと思っていたが、とんでもない。自分だったら耐えられないと思うような経験も受入れ、前を向いて生きている。この人はなんて強いのだろう。人間て、すごい」という真摯な思いを抱くものも少なくありません。いま、アクティブラーニングが盛んにいわれていますが、私は、アクティブラーニングの最も重要なところは、“自我関与の高い”体験であると考えています。例えば、本を読んでも魂が揺さぶられるような感動はありますが、目の前の事柄を自らの五感を通して体験することで、本当に自分の深いところが直接揺さぶられるような体験となるのです。

 成長するのは学生だけではありません。こういうイベントで、「本」となって自分の人生を話すことはすごいことだと思いますが、「本」になってくれたほとんどの人が、また来年も「本」になりたいと言ってくれます。読者の人の中には、九州から飛行機でやって来るという人もいます。9割を超える人たちが、来年もまた来たいといいます。自分とは異なる人に対する偏見を完全にゼロにすることは難しいと思います。しかし、理解してもらおう、理解しよう、という関係が少しでも増えてくれば、それは人と人が信頼し合える環境につながっていくものだと思います。

マイノリティって、不自然?

 北欧の福祉社会の中には、こんな考え方があります。脚が悪くて車いすを使っている人が社会で活動しようとすると、段差があるところに車いす用のスロープが必用になります。しかし、車いす用のスロープを造っても、それを利用するのは全体から見ればごくわずかな人(マイノリティ)です。では、車いす用のスロープを造ることは無駄なのか。それを造る予算は大多数の人たち(マジョリティ)のために使うべきなのか。しかし、車いすを使う人が1人もいない社会や街があるでしょうか。そんな社会や街があったら、その方が余程奇妙ではないのか。車いすを使う人がいることの方が「自然」であるとすれば、その「自然」に適した街づくりをすることが当然ではないか。つまり、利用する人が多いから施設を造るのではなく、当然そうなるであろう状況に適した施設を設計することが街づくりの前提である、というノーマリゼーション(福祉環境づくり)といわれる考え方です。この考え方は、福祉ということに限らず、多様な人々が暮らす街づくりとして、基本的な考え方であるといえます。

 ところで、何をもってその人はマイノリティといえるのでしょうか。車椅子の人は、そのことではマイノリティかもしれませんが、それ以外の面はマジョリティかもしれません。どこかの一面を捉えて決めつけても、それがその人のすべてではありません。誰もがどこかはマイノリティであり、どこかはマジョリティである。それが人間です。しかし、いま、多くの人がすべての面でマジョリティであることを装って生きています。マイノリティだとわかると、暮らしにくかったり、生きにくかったりするからです。しかし、そうやってマジョリティを装って生きていくことは、自分らしい生き方とはいえません。社会には多様な人がいることが自然なのに、それを隠さないと生きづらいということは、その社会の方が不自然だということではないでしょうか。

ダイバーシティを企業の活力に活かすために

 最近、多様性(ダイバーシティ)が活力を生み出すと考える企業が増えてきました。社員一人ひとりが自分らしくあって良い。あなたがあなたであることで、最大限の力を発揮して欲しい、という会社であったら、社員はイキイキと働けそうです。企業がダイバーシティのために投資するということは、企業にそういう活動をすることが求められてきたのでやる、ということではなく、社員一人ひとりの“らしさ”を認めるという社風が、社員にプライドをもたらし、それが活力になっていくということです。「互いが認められる社会は健全で活力がある」ということです。それを学ぶ機会として、ヒューマンライブラリーは非常に有効だと考えています。

 実は、本学のヒューマンライブラリーの読者として、社員を研修のために派遣したいという大手企業からの問合せがありました。私たちはヒューマンライブラリーを公開で行っています。ぜひお越しいただき、ダイバーシティの根幹に触れる体験をしていただきたいと思っています。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

横田 雅弘

明治大学 国際日本学部長 教授

研究分野
異文化間教育学 留学生政策、留学生アドバイジング、現場生成型教育、まちづくり
研究テーマ
日本と世界の留学生政策、異文化間教育とまちづくり、偏見の低減に関する社会実践活動
【キーワード】留学生政策、留学生アドバイジング・カウンセリング、まちづくり
主な著書・論文
  • 『大学の国際化と日本人学生の国際志向性』(横田・小林編著、学文社、2013年)
  • 『多文化社会の偏見・差別』(加賀美・横田・坪井・工藤編著、明石書店、2012年)
  • 『留学生交流の将来予測に関する調査研究』(編著、平成18年度文部科学省先導的大学改革推進経費による委託研究・2007年)
  • 『生活実践から学ぶ「授業』』(『開かれた日本語教育の扉』、スリーエーネットワーク・2005年)
  • 『留学生アドバイジング』(共著、ナカニシヤ出版・2004年)
  • 『大学・商店主・市民・行政が取り組むまちづくりと商店街の活性化」』(中小商工業研究81号・2004年)
  • 『留学生と日本人学生の親密化に関する研究』(『異文化間教育』5号・1991年)

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