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日本に、オリンピック・ムーブメントは起きているか?

  • 明治大学 政治経済学部 教授
  • 高峰 修

近年、スポーツ界では性に関わる様々な問題が起きています。その背景には何があるのか。また、2020年にオリンピック開催をひかえる東京、そして日本は、こうした問題に対してどう取組んでいくべきなのでしょうか。

LGBTへの偏見と戦う世界のスポーツ界

高峰 修 数年前までのオリンピック憲章には、「オリンピズムの根本原則」として「人種、宗教、政治、性別、その他の理由による、国や個人に関する差別はいかなる形態であれ、オリンピック・ムーブメントと相容れない」と定められていました。2014年版から、この差別の項目に「性的指向」が加わりました。その背景には、いわゆるLGBTといわれる性的マイノリティの社会的認知が進んできたとともに、スポーツ界での取組みも進められてきたことがあります。実は、2014年の冬季オリンピック、ソチ大会の前年に、開催都市の国ロシアは、同性愛を取り締まる法律を施行しました。このことは日本ではあまり報道されませんでしたが、欧米では大きく取上げられ、多くのアスリートたちが異議を申し立てました。オリンピズムに反するという抗議です。騒動は大きくなり、ロシアは、これは国内法なのでロシア国民だけに適用するという譲歩をする形となりました。その後、上述のようにオリンピズムの根本原則に「性的指向」の項目が加わりました。

 もちろん、これですべてが解決したわけではありません。もともとスポーツでは、同性のメンバー間の強い絆が形成されやすいため、特にチームスポーツなどでは、メンバーに同性愛者がいるとわかると、チームメイトに嫌悪感や拒絶感が生まれることがしばしばあります。連帯意識をもちやすいプレー中だけでなく、肌を露出する更衣室やシャワールームなどを共有する機会が多いため、性的欲望をもたれるのではないかという警戒感が生まれやすくなるからです。しかし、同性愛者が常に同性を性的視線で見ていると考えたり、「同性愛者に襲われる」と安易に考えるのは偏見なのです。こうした偏見が一挙に払拭されるわけではありませんが、先に述べたようなIOCの対応もあり、このような偏見も徐々になくなってきています。昨年のリオ・オリンピックでは、LGBTであることを公表する選手が増えました。

インターセックス問題は今後の重要な課題

 しかし、性の問題にはさらに複雑な面があります。身体が男性と女性両方の性的特徴をもつアスリートの存在です。リオ・オリンピックにも出場し、陸上女子800メートルで金メダルを獲得した南アフリカのキャスター・セメンヤ選手については、いまだに様々な論議を呼んでいます。この問題点はどこにあるのか。そもそも、競技スポーツは男女別で行うことを原則としてきました。主な理由は、男女混合で競技をすると、筋肉量に劣る女子選手にとって不利だからです。1968年から1999年まで、オリンピックでは性別確認検査が行われていました。現在では行われていませんが、セメンヤ選手のようなケースが生じた場合に限って体内の男性ホルモン(テストステロン)量を計る検査を実施することになっています。それは、テストステロンが筋肉の生成に強く関わるホルモンだからです。現在は、男子選手の下限である1リットルあたり10ナノモル以上の選手は、女子の競技に参加することはできない規定になっています。しかし、テストステロンのレベルと競技力の関係を示す科学的根拠はまだ確立されていません。今後、医学の進歩によって新たな指標が出る可能性もあります。いずれにしても、今やスポーツ界における男女の判別は身体の外性器や内性器、染色体といった生物学的な性別ではなく、より公平を保つためにホルモン量を指標とする段階にきているわけです。

 当然、セメンヤ選手もこの規定をクリアしてリオ・オリンピックに出場しています。しかし、セメンヤ選手がここに至るまでに、相当のプライバシーの侵害を受けたことは忘れてはなりません。競技会に出場して成績を上げたことで性の疑惑を受けるまで、自分がインターセックス(中間的な性)であることにセメンヤ選手自身も、家族も気づいていなかったそうです。それが、競技成績を認めてもらい競技生活を続けるために様々な検査を受けることになり、しかも秘密であるはずの結果や数値が世界中に知れわたることになったのです。実は、セメンヤ選手の女子競技への出場を激しく非難した白人女性のマラソンランナーがいます。しかし、ある研究者によると、セメンヤ選手の記録は彼女と同種目(800メートル)の男子トップの記録と12%の差があるのですが、この白人女性のマラソンランナーの記録と、男子マラソンのトップ記録との差は10%しかないのだそうです。つまり、セメンヤ選手を非難した白人女性のほうが男子に近い記録を出しているのですが、彼女が性に関して疑惑や検査を受けたことはありませんでした。もし、セメンヤ選手が典型的な白人であったら、プライバシーをあれほど侵害されるような扱いは受けなかったかもしれません。セメンヤ選手が批判される背景には、身体の性の問題に加え、人種といった要素も関わっていると思えてなりません。スポーツは、性の問題に加えて人種や宗教、国家といった要素が交差して表れ出る舞台でもあります。

意識改革から始める必要がある日本のスポーツ界

図.リオ大会日本代表選手の男女別最終学歴分布 しかし、世界のスポーツ界がこうした問題に向き合い、解決していこうと様々な取組みを行っていることについて、日本ではほとんど注目されていません。ところで、性別の問題でいえば、例えば、オリンピックに参加する日本の女子選手数は男子選手を上回るほどになっていますが、 競技団体の役員や指導者では、男性の占める割合が圧倒的に上回っています。これでは、競技団体の意思決定などに女性の意見がなかなか反映されません。女性が役員などに就いていないのは、学歴や、女性が社会進出しづらい日本の社会構造にも一因があります。図はリオ大会に出場した日本代表選手の学歴を男女別で示したものです。女子に高卒、男子に大卒が多いことがわかります。こうしたわずかな差も、意思決定の場への女性の進出に影響するのだと思います。大学のスポーツ入試制度もこうした視点から考えてみる必要があるでしょう。

 さらには、選手時代から、主体性をもった人間に育てようとしない日本のスポーツ指導にも一因があります。男子女子に関わらず、選手は指導者の言うことを忠実に行い、それ以外のことはやらなくていいという指導が昔から続いているのです。これではリーダーとなる人材は育たないでしょう。

 また、このことは日本のスポーツ界にはびこる体罰や、セクハラの問題にもつながっています。指導者と選手が絶対服従の関係では、選手は声を上げることができないですし、言ったとしても潰されてしまいます。まずは、意識を変えることが重要です。指導者は体罰を選手の競技成績を上げるための愛の鞭と思っているかもしれませんが、それでは、成果が出るのであれば体罰をしても良いという話になりかねません。ところが、例えばオーストラリアでは、体罰がおこれば、成果が出ようが出まいが刑法で処分されるそうです。体罰は暴力なので、成果が出る出ないの話ではなく、やってはいけないのです。日本のスポーツ文化がより成熟するためには、こうしたことをもっと大事にしなければならないと思います。学生と話をしていると、日本のスポーツ界には性差別がないと思っていたり、場合によっては体罰も許されると思っていることがわかります。そのように育てられてきているのです。まず、自分で考えたり、発言できる人間として選手を育てることが重要です。そうした人材がゆくゆくは指導者や競技団体の役員に就いていくことで、日本のスポーツ界は変わっていくと思います。

オリンピック開催都市・国として成熟した取組みを

高峰 修 本来、2020年のオリンピック開催はこうした変革を起こす絶好の機会です。しかし、その土台となるオリンピズムやオリンピック・ムーブメントについて考えたり語られる機会はほとんどないのではないでしょうか。オリンピックは単なるスポーツ競技会ではなく、個々の人間の成長や相互理解、国際平和を理念とする全世界的な活動です。オリンピズムの理念のもと、文化的な活動も含めた日常的な様々な活動があり、その集大成として4年に1回、世界の人々が集まって大会が開催されるのです。このことを理解せず、競技場のデザインや予算ばかりに注目したり、メダルの数を予想するような話に終始していては、成熟した社会の対応とは言えません。特に大会の開催都市や国は、オリンピズムをどう理解しているか、そしてそれを世界に向けて発信しオリンピック・ムーブメントを推し進める責務があります。あらためてオリンピズムを見直し、それをただ理想とするのではなく、実現しようと取組むことが、いま、私たちに求められているのです。オリンピック開催は滅多に得られない特別のチャンスです。社会を成熟させるきっかけにもなっていくオリンピック・ムーブメントに、私たちはしっかり取組むべき時なのです。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

高峰 修

明治大学 政治経済学部 教授

研究分野
スポーツ社会学,スポーツ・ジェンダー研究
研究テーマ
スポーツ環境におけるセクシュアル・ハラスメントや暴力の問題、アスリートの身体と科学の関連
主な著書・論文
  • 『スポーツ教養入門』岩波書店,2010.
  • 『入門 スポーツガバナンス』笹川スポーツ財団編,東洋経済新報社,2014.
  • 『データでみる スポーツとジェンダー』日本スポーツとジェンダー学会編,八千代出版,2016.
  • 『高校運動部活動において指導者や上級生から受ける暴力・暴言経験のリスク分析』体育学研究,61(2):755-771,2016.

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