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生きるため、互いに助け合う乳酸菌 – 遺伝学的研究によって、乳酸菌の未知の領域を解明していきたい –

明治大学 農学部 農芸化学科 准教授 農学博士 佐々木 泰子

次生きるため、互いに助け合う乳酸菌

古くて新しい乳酸菌というテーマ

乳酸菌は多くの発酵食品に含まれているとても身近な存在
乳酸菌は多くの発酵食品に含まれているとても身近な存在、と語る佐々木准教授。
 乳酸菌は私たちにとって、最も身近な細菌であるだけでなく、産業の面から見ても重要な微生物の一つです。なかでも、私は乳を原料としてヨーグルトをつくる乳酸菌の働きと遺伝学を中心に研究しています。
 乳酸菌とは、糖を代謝してエネルギーをつくり、多量の乳酸を生成する細菌の総称です。特徴としては多量の乳酸を生成することや、嫌気条件を好み、弱酸性でもよく生育することが挙げられます。人類は経験的に乳酸菌の働きを知り、ヨーグルトやチーズをはじめ、漬物、味噌・醤油、日本酒・ワインなどさまざまな発酵食品に利用してきました。よりおいしく保存性の高い食品をつくるため、乳酸菌を選び、工夫を加えてきた結果、発酵食品はそれぞれの地域の文化としても確立しています。
 乳酸菌の分野の研究と発見は、人類が築き上げてきた乳酸菌の利用法を、科学の目で見つめ直す営みとも言えます。その意味で乳酸菌研究は古くて新しい価値を持つ、とても魅力的な研究だと思います。

ゲノム情報が遺伝学的研究を加速

ゲノム情報が遺伝学的研究を加速 乳酸菌の研究において近代的な遺伝学的手法が確立されたのは1970年代以降のことでした。その後、1990年代の後半にゲノム解読が開始されると、種々の乳酸菌の多様な遺伝子構成が判明し、乳酸菌の特徴や進化などに関する大量の情報が得られるようになってきました。ゲノム情報を利用して菌全体を網羅的に解析する手法を「オーム解析」といい、プロテオーム解析(タンパク質全体)、メタボローム解析(代謝物全体)、「マイクロアレイを用いたトランスクリプトーム解析(転写物全体)」などの方法があります。
 私は2011年まで食品企業に在籍し、主にこのマイクロアレイ解析を用いた研究を行ってきました。私が調べた乳酸菌には約2000個の遺伝子があります。マイクロアレイ解析はそれらの遺伝子すべてをスライドグラスの上に並べ、ある環境条件(例えば胃酸酸性、あるいは胆汁酸存在条件)に適応するために、どの遺伝子(群)が転写されてタンパク質になるかが一目でわかるため、遺伝的な研究に欠かせない方法です。
 例えば、胃に棲息するピロリ菌の活性を抑えるある種の乳酸菌は、胃酸に非常に強い耐性を持っているのですが、なぜ胃酸に強いのかを遺伝子レベルで解明する際にマイクロアレイ解析を用いました。この乳酸菌では酸性条件下で生き残るために、短時間のうちに多数の遺伝子群を転写して、各種のタンパク質を作る多重のメカニズムの存在が判りました。そしてそれらの遺伝子をノックアウトすると、胃酸耐性が落ちるものもありましたが、多くの遺伝子では見かけ上、胃酸耐性が落ちませんでした。
 このように、一つの遺伝子を潰してもその機能を相補する遺伝子が他にあるということは、それだけ乳酸菌にとって酸に対する耐性が重要であることを意味し、生き延びるために複数の手段・戦略をもっているという菌の全体像が明らかになったわけです。

2つの菌種が互いの弱点を補う

代謝産物を互いに供給しあってきた2つの乳酸菌。その他いくつかの物質を補い合っている
代謝産物を互いに供給しあってきた2つの乳酸菌。その他いくつかの物質を補い合っている。
 ところで、伝統的なヨーグルトは「ブルガリア菌(桿菌)」と「サーモフィラス菌(球菌)」の2つの菌種によって作られますが、この2つの菌は乳のなかで共に生きてきた長い歴史があるため、代謝産物を相補し、互いに供給し合う共生関係にあります。私が現在関心をもって取り組んでいるのは、この乳酸菌の共生作用についてです。
 実際に、それぞれ単独ではヨーグルトができるための乳酸量を生成するまでに8時間以上かかるものが、一緒にすると半分以下の3時間ほどに短縮できます。その様子を見ると、ブルガリア菌のプロテアーゼが牛乳のカゼインを分解して、サーモフィラス菌の増殖に必要なアミノ酸やペプチドを供給する一方、サーモフィラス菌はブルガリア菌の生育に必要なギ酸を提供します。つまり、ヨーグルトに使われている2つの乳酸菌は、お互いに物質をやり取りし、弱点を補い合うことで、自分たちの生存に適した環境を作り出すわけです。
 また大腸菌に比べ、この2種の乳酸菌は遺伝子の数が約半分しかないのですが、これは長い共生の歴史のなかで、相補しあうことでゲノムを縮小し、身軽になった結果発酵速度が速まり、ほかの菌との戦いに勝つ進化を遂げたと考えられています。
 しかし、この相補関係も、菌株の組み合わせを変えると、うまく働かないことがあります。良い組み合わせ、うまくいかない組み合わせを見つけ、その仕組みを明らかにすることは、企業では取り組みにくい課題ですので、そうしたメカニズムを探る基礎的な遺伝学的研究はやはり大学の役割だと考えています。

乳酸菌の正しい知識を持つ大切さ

2012年から明治大学へ。いまは、学生と議論し、ともに学ぶことでパワーをもらっていると語る
2012年から明治大学へ。いまは、学生と議論し、ともに学ぶことでパワーをもらっていると語る。
 ここ数年「プロバイオティクス」という言葉を耳にする機会が増えたのではないでしょうか。プロバイオティクスとは、人体に良い影響を与える微生物や、それを含む食品のことを指します。私たちの腸内にいる何百種もの細菌は、およそ100兆個、重さにすると1kgにもなります。人間の全細胞数が約60兆個ですから、それよりも腸内の微生物のほうが多いのです。ヨーグルトはスプーン一杯に5000万個の乳酸菌が含まれており、このようにたくさんの生きた菌を摂取できるのが特長と言えます。口から入った乳酸菌や乳酸菌の菌体は免疫の中心でもある腸に達して、腸内環境を整え、免疫の強化や活性化、アレルギーの予防などさまざまな働きをしてくれます。
 2012年8月には、日本学術振興会が主催する「ひらめきときめきサイエンス」というプログラムが明治大学で開催され、高校生を対象に乳酸菌の働きの不思議と、プロバイオティクスの効用について話をしました。食を通じて健康を維持したいと考える人が増えている今、乳酸菌の研究に興味を持つ人を育てることはとても大切なことだと思っています。
 今後は、菌の共生作用について研究を進め、組み合わせによる作用の違いはなぜ起きるのか?そのメカニズムを明らかにすることが一つの課題です。また、近年、微生物同士は、化学物質のやり取りでコミュニケーションしていることがわかってきました。乳酸菌をはじめとする微生物には、未知の部分がまだまだたくさんあり、興味はつきません。遺伝子操作が難しい乳酸菌もあり、それらに対する研究技法を開発することも目標のひとつです。

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