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次世代の農業を展望するとき植物工場は欠かせない選択肢 – 栽培環境や栽培方法を研究し、より効率的な植物工場の構築をめざしています –

明治大学 農学部 農学科 准教授 農学博士 池田 敬

次世代の農業を展望するとき植物工場は欠かせない選択肢

計画的・安定的、完全無農薬な野菜を供給

農業の3Kイメージを払拭し、誰でも魅力を感じる産業にすることが目標
農業の3Kイメージを払拭し、誰でも魅力を感じる産業にすることが目標、と池田准教授。
 ガラス室・ビニールハウスなどの施設で行われる園芸農業がもともとの専門分野です。生産現場において発生する、トマトやイチゴ、パプリカピーマンといった果菜類の栽培における問題を解決するための技術開発および生育条件に合う、温度、湿度、照度などの栽培環境を研究をしてきました。その発展型として、現在は、所属する明治大学農学部農学科植物工場基盤技術研究センターにおいては、省力・省エネルギー化をめざした都市近郊型農業生産システムなどの研究開発と、明治大学植物工場基盤技術研究センターにおいて植物工場の普及に向けた研究・啓蒙普及活動を行っています。

個人的に注目しているのは紫パプリカ。明治大学のスクールカラーでもあり、秘かにブランド化を計画中。
個人的に注目しているのは紫パプリカ。明治大学のスクールカラーでもあり、秘かにブランド化を計画中。
 いま植物工場が注目を集めている理由は、人工光、また土を使わない養液栽培を用いてで、高収量、周年栽培を行うことが可能な点にあります。露地栽培の作物価格が一年を通じて安定しないのは、気象条件の変化が大きく影響するためで、これが農家の収入を不安定にする大きな原因となっています。また、ここ数年、食の安全を求める声が高まっており、特に輸入農産物に対する消費者の不安は大きくなっています。
 これに対し、密閉された室内で人工の光を使って野菜を育てる植物工場は、天候に左右されることなく、計画的・安定的に作物を供給できることがメリットです。また、害虫や病原菌による作物被害もなく、完全無農薬で、洗わずに食べられるほどクリーンな野菜を作ることができます。
 本センターの植物工場はこの完全人工光型、つまり太陽の光をまったく利用せず、人工光のみで植物を栽培する方式を採用しています。そのため、高層ビルや空きオフィスなど、都市の空間を利用した栽培にも対応することが可能です。

被災地の復興支援にも貢献できる

 近年は、自社の植物工場で野菜を作り、商品を提供する外食企業や、地産地消ならぬ店産店消、ビル産ビル消という栽培形態も見られるようになってきました。植物工場はほぼ計画通りに作物をつくることができるため、発注側のニーズに合わせて工場を稼働し、生産することができます。特に外食産業などの事業者に野菜を提供するには植物工場が適していると考えています。消費地に近い都市部で野菜を生産すれば、輸送の際に排出されるCO2を削減できるとともに、輸送にかかるコストを節約することにもつながります。
 また、植物工場は東日本大震災によって被災した地域の復興手段としても期待されています。津波による塩害や放射能汚染など、農地が受けた被害は深刻ですが、屋内での養液栽培ならば、がれき処理や塩害対策が不十分な土地でも生産が可能です。株式会社NTTファシリティーズとの共同研究によって生まれた植物工場は、仮設住宅や店舗の空きスペースを使って葉物野菜を育てられるユニット型で、身近で管理できる利便性に特徴があります。原発事故で一時離村を求められた地域の人たちにとって、帰村後の農業再生にも役立つと考えています。

市場にアピールすることが課題

 一方で、植物工場産の野菜がどれだけ普及しているかというと、現状では市場に流通している野菜の1%にも満たない量にすぎません。いまのところ植物工場では生産効率のよい葉菜類の生産が中心で、米や麦、大根、トマト、ニンジン、キャベツなどは栽培に時間がかかるため、採算割れしてしまうことがウィークポイントとなっています。さらなる普及に向けては栽培品目の拡大が求められるでしょう。
 植物工場産の野菜について、消費者に理解が浸透していないことも障壁になっています。太陽の光を浴びていない野菜?…と難色を示す人が多いのは事実ですが、ビタミンの含有量や食感などの点では、むしろ植物工場生産物の方が優れていることもあります。カイワレかいわれ大根やキノコ類、モヤシなどは、以前からほとんど植物工場生産になっているので、意識気分の問題とも言えますが、おそらく、どのように作られているか知られていないことが大きな要因ではないでしょうか。農学、工学の技術面では、ほぼもういつでも本格生産できるところまできているため、市場での評価を獲得するためには、消費者意識に働きかけることも必要です。
 また、照明や空調など設備機器が発達し、省エネルギー化が進んでいるとはいえ、植物工場の普及のカギを握っているのは依然として低コスト化にあり、これをどうクリアするかは引き続き取り組むべき課題となっています。一つは初期投資として必要な建物設備代とランニングコストとしての電気代をいかに削減するか。また、より効率的に野菜を栽培するノウハウをどう確立するか。さらに、市場での付加価値を高め、安定的な経営をはかるためのビジネスモデル開発などがありますが、こうした複合的な課題を解決し、植物工場をビジネスとして成立させるためには多様な視点が必要です。その点、明治大学には農学部、理工学部、商学部・経営学部が揃う素地があります。栽培のノウハウ、設備の効率化、販売や経営戦略などの多様な側面から、学際的に植物工場の普及に向けた提案をしていきたいと考えています。

食料の安全保障の面でも意義がある

 植物工場の普及には、このように、まだいくつかの越えるべき壁があります。しかし、日本の農業人口の平均年齢が65歳を超えている現在、従来型の農業のままではやがて農業従事者がほとんどいなくなってしまうかもしれません。農業の低収入や重労働のイメージを払拭するためにも、クリーンで衛生的な植物工場に触れることで、若い世代が農業に関心を持つようになることを期待しています。
 食料の安全保障の面からも、植物工場の普及は必要でしょう。急激な異常気象で輸入食料の価格が高騰する、あるいは何らかの原因で食料の輸入が途絶えるといった事態が、この先、起こらないとは限りません。そうした万一の場合に備えるため、セーフティネットとして、選択肢を多く持つことが大切です。
 軌道上のスペースステーションにおいて日本人宇宙飛行士による長期滞在実験が行われていたことは記憶に新しい出来事でした。やがて、宇宙で人類が生活するころには、食料供給のための植物工場が必要不可欠になるでしょう。夢のある農業分野の一つとしても、今後ますます研究を進めていきたいと考えています。

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