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文化運動から捉え直す

明治大学 文学部教授 竹内 栄美子

文化運動から捉え直す

1920年代に刊行された雑誌(復刻版)の表紙1920年代に刊行された雑誌(復刻版)の表紙 日本の近代文学というと、身近なところでは、高校の国語教科書に掲載されている芥川龍之介「羅生門」、志賀直哉「城の崎にて」、太宰治「富嶽百景」、中島敦「山月記」、夏目漱石「こころ」、森鷗外「舞姫」など、あるいは海外でもよく知られた川端康成、谷崎潤一郎、三島由紀夫などを思い浮かべる人が多いかもしれません。これらの人口に膾炙した名作、文豪と呼ばれる作家たちはもちろんのこと、ほかにも魅力的な文章を残し重要な役割を果たした作家は数多く存在します。私は、民衆史や思想史と連動するような社会問題や社会運動と関わりのある中野重治や佐多稲子をおもな対象として、1920年代から30年代にかけてのプロレタリア文化運動や、1940年代後半からの戦後文化運動を、戦争・ジェンダー・植民地の観点から研究しています。

 1910年代に生じた労働文学や民衆芸術の高まりを受けて、1920年前後から30年代にかけて盛んになったのがプロレタリア文学でした。特に関東大震災のあと、新感覚派などのモダニズム文学と並び、〈新しい文学〉として登場したプロレタリア文学は、大衆としての労働者階級が自分たちの言葉を持ち、自分たちの言葉によって発信するようになった文学です。それは、誰かに支配されるのではなく、自分が自分の〈主人〉となり、〈語る主体〉としての自立した一個の人間存在を意味していました。さらに、反戦思想や植民地を問題化する東アジアの観点も見逃せません。また、女性作家が数多く登場したのもプロレタリア文学においてのことでしたので、女性たちが書く作品にはジェンダーのテーマが色濃く投影されています。これら現在につながる問題系を織り込みながら〈新しい人間〉を描こうとしたのがプロレタリア文学でした。

 文学のみならず、この時期には美術や演劇などさまざまなジャンルでの文化運動が展開しました。中野や佐多に限らず、村山知義や柳瀬正夢らの仕事にも注目しながら、このような多彩な文化や思想が開花した当時の芸術現象を解明したいと考えて研究しています。

 これらのモダニズムやプロレタリア文化が後退する思想統制の戦時下を経て、1940年代後半の戦後になると、「新日本文学」や「近代文学」などの雑誌が創刊されます。本学でも教鞭をとられた本多秋五や平野謙といった高名な文芸評論家は「近代文学」の同人でした。「新日本文学」には中野重治をはじめとして、野間宏、花田清輝、関根弘、秋山清、小野十三郎、長谷川四郎、黒田喜夫、井上光晴、大西巨人、山代巴など、戦後文学史において欠くことのできない重要な役割を果たした文学者が数多くいました。これら「新日本文学」や「近代文学」につどった文学者たち、また戦後派作家の堀田善衞や武田泰淳らは、戦争の意味を問い直しながら、戦後のデモクラシー思想を実質ある思想へと練り上げていきました。彼らが書き残した言葉や文章を分析し、その意義を明らかにすることも、もうひとつの研究テーマです。

 このように、おもな研究対象は戦前と戦後の文化運動で活躍した文学者ですが、よく知られた作家や作品だけでなく、表舞台には登場しないような書き手を取り上げて、忘れられている文献や証言を掘り起こし、見えなくされている課題を丁寧に分析する。そのことによって文化・芸術や学術の全体はいっそう豊かになると思われます。文学が社会のなかで果たしてきた役割を考えながら日本近代文学を文化運動から研究するのは、そのような全体の豊かさに資することができれば、という私のささやかな願いによるものです。今後もそのような気持ちで研究を続け、研鑽を重ねたいと考えています。

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