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研究最前線 magazine57

脳の電気現象を光で見る

図1.電気計測法と光イメージング法による脳活動計測図2.光イメージング法による実際の実験例 人の脳は千数百億個もの神経細胞から構成されています。私たちが日常生活の中で、有用な事柄だけを選別して記憶したり、美味しい料理を好きな人と食べて喜んだり、芸術作品を創造したり、といったコンピュータが苦手とする処理を当たり前のように行えるのは、この星の数ほどに膨大な神経細胞が複雑に繋がり合って、巧みに電気信号をやりとりしてくれているおかげです。したがって、脳の電気現象を測定して、その意味を知れば、脳がどのように情報処理を行っているのかが明らかになるはずです。生物に電気が流れていることの発見は、18世紀の半ば、イタリアの学者ガルバーニが、皮を剥いだカエルの足が金属に触れてぴくぴく動くことに気付いたことがきっかけになったと言われています。それ以降、オシロスコープなど、様々な電子計測機器の発明が呼び水にもなり、カエルの足を動かす末梢神経系にとどまらず、哺乳動物の中枢神経系、すなわち「脳」の電気現象の謎が次々と明らかにされ、その知見の多くは、私たちの健康で快適な生活を根底から支えるに至っています。

 では、膨大な数の神経細胞の活動は、どのように計測するのでしょうか? 図1は筆者の研究室で扱っている脳活動計測法のイメージ図です。研究には、マウスなどの脳の一部を丁寧に摘出した生体標本を使用します。これを顕微鏡下にセットして、電気計測法および光イメージング法の適用により、脳の電気現象を計測しています。電気計測法(図1左)では、細胞内環境と似た電解質溶液を内部に詰めたガラス微小管電極を細胞に刺して、細胞の電気変化を調べます。しかし勿論これは、一個の細胞の活動ですので、神経回路としての動作を理解するのは困難です。光イメージング法(図1右)は、このジレンマを解いてくれる方法と言えます。筆者らの方法では、標本を電圧感受性色素とよばれる化合物を含ませた実験液に浸すことで、膨大な数の神経細胞の膜に、色素分子を一斉に取り込ませています。色素分子は、緑色光を照射すると蛍光を発しますが、そのうちの赤色蛍光の強度が、細胞の電気信号の強さに応じて増減する点が本法のポイントです。この特性により、今まさに信号が流れている部位の蛍光が変化するので、高速カメラで光強度の分布像を連続撮影することで、脳標本上の信号の流れを時間的に追うことができます。因みに、1万画素の高速カメラで撮影する場合、1万箇所からの神経活動計測ができることを意味します。

 図2は実際の光イメージング法による実験例です。記憶形成に欠かせない脳部位として「海馬」が知られていますが、海馬に情報が流れこむ経路の途中に、信号を「伝えない」或いは「伝える」を決める〝関門〟があることが、この実験から明らかになりました。実験1では、海馬への情報入力経路の一部を電気的に刺激しましたが、海馬へ信号が伝わりませんでした。ところが、実験3のように、好き嫌いなどの感情を司る脳部位も同時に刺激すると、関門付近での信号強度が顕著に増大し、ついには海馬の活動が引き起こされたのです。昨日の昼食メニューが思い出せない一方で、心に響いたシーンは鮮明に思い浮かぶ、誰もが一度は経験したことがあると思います。光イメージング法で発見したこの神経回路は、物事を感情と結びつけて記憶する際に、実際に私たちの脳で働いているものと推測しています。

 脳は宇宙と比較されることがよくありますが、顕微鏡下で眺める神経細胞は、本当に星のようです。脳の神秘に更に迫るためには、星達の「振る舞い」を詳しく理解する必要があるため、今回示した電気と光による計測技術は、今後益々重要視されるに違いありません。

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