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研究最前線 magazine51

新しい音楽の探求

筆者の武満徹作品研究に関する著書
筆者の武満徹作品研究に関する著書
 現代音楽というと聴きにくい難解な音楽というイメージがあり、誰もが楽しめるものではない、といったことが一般的な認識であろう。ゴーストライター事件で話題になった佐村河内守は、「現代音楽ではなく、過去の調性音楽をやりたかった」というような発言を残している。事実、私たちの日常に溢れる多くの音楽は、過去の西洋音楽をベースとする調性音楽というものが主流だ。J -POPなどでよく使用される「カノン進行」と呼ばれるコード進行(ギターやピアノなどによる伴奏パターン)は、まさにそれをよく示している。「カノン進行」とは300年以上も前に作られたドイツ人作曲家ヨハン・パッヘルベルの『3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ』の中で用いられているコード進行に由来するのだが、それが現在も好まれるのは、このパッヘルベルの作品、そして西洋音楽の素晴らしさを示したものであり、そのことを否定するつもりはない。しかし、300年以上経った現在も私たちがそれを使用しつづけているのは、それが普遍的なものであるからか、または私たちの感性がその時代から変わっていないからなのか。多くの人たちが指摘するように、ポピュラー音楽における「産業化」、「規格化」、「パターン化」がこの傾向を強めたとも言えるかもしれない。

 現代音楽と呼ばれるジャンルに属する多くの音楽家たちは、このような一般的な基準に基づく音楽とは違う表現を模索してきた。その結果、一般の聴衆が望むものからかけ離れ、音楽性を無視して目新しさだけが先立った作品と批判されるようなものも生まれた。そこには反省すべき点も多いだろう。しかし、その一方で、これらの音楽家が様々な可能性を切り開いたことも事実である。現代音楽においては、過去の調性音楽のようにひとつの共通言語の中でそれぞれの音楽家が個性を出すのではなく、各作曲家が自分自身の音楽語法を開発する傾向が強い。非常に多くの例があるが、私が研究してきた音楽家を取り上げるなら、武満徹(1930〜1996)は17の弦楽器のための『地平線のドーリア』という作品の中で雅楽とジャズで用いられる音楽語法からヒントを得て独自のメロディやハーモニーの関係を構築した。また1970年代からフランスを中心に始まったスペクトラル楽派は、ある音の音響分析などに基づいて作った音素材を用いることにより作曲することを提唱した。このアプローチにおいては、作曲家が音響学研究者やプログラマーなど、他の分野の研究者との共同作業を行なうことによって作品制作に取り組むことが多い。これらは現代作曲家たちが取り組んできた探求の一部を示すに過ぎないが、現在、私たちはこれらの可能性をまだ十分に消化していない状態のように思われる。

筆者がスペクトラル楽派の創始者の一人と見做されている作曲家トリスタン・ミュライユの指導のもと、ロレーヌ国立管弦楽団による自作の初演のためのリハーサルに立ち会っている写真(サントル・アカント現代音楽講習会、2010年7月。右下、前列、後ろ姿の二人が筆者とミュライユ)
筆者がスペクトラル楽派の創始者の一人と見做されている作曲家トリスタン・ミュライユの指導のもと、ロレーヌ国立管弦楽団による自作の初演のためのリハーサルに立ち会っている写真(サントル・アカント現代音楽講習会、2010年7月。右下、前列、後ろ姿の二人が筆者とミュライユ)
 1970年代以降にポストモダンという言葉が多分野で聞かれるようになった。音楽においても同様である。この概念は様々なかたちで定義され、使用されてきたが、ポストモダン音楽というと、過去の音楽の基準を覆すことを目指し実験的要素が強くなりすぎてしまった前衛音楽に対する反省からか、過去の要素を取り入れることを躊躇しないアプローチという意味で理解されることが一般的である。しかし、もしこの言葉を過去に縛られ新しいものを見出すことのできない状態という意味合いで解釈するならば、現在もあらゆる分野においてポストモダンのカラーが強い時代であると言えよう。私たちを取り巻く環境や社会は大きく変化しているのに、多くの分野において新しいヴィジョンを提示することが非常に困難なように見える。音楽においてもパターン化されたものに安住する状態が続くかぎりこの状況は変わらないだろう。過去の音楽を学びつつも、それを「超える」ことを目指す冒険心を持ちながら作品制作や音楽研究に取り組みたい。現代音楽が現状を打破する鍵を握っていると盲信的に考えるのは無意味なことだが、音楽にはまだ未知の可能性が秘められていることは信じたい。

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