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南極の氷とミクロな世界

明治大学 理工学部准教授 深澤 倫子

図2 II 型ハイドレートの結晶構造

南極の氷とミクロな世界

図1 氷床氷中の気泡とハイドレート
図1 氷床氷中の気泡とハイドレート
図2 II 型ハイドレートの結晶構造”
図2 II 型ハイドレートの結晶構造”
 南極大陸は、氷床とよばれる巨大な氷の塊で覆われています。氷床は、降り積もった雪が圧縮されてできた結晶であるため、数十万年の間に雪と共に堆積した様々な物質を保存しています。従って、氷床から掘削した氷試料は古環境についての貴重な情報源となります。例えば、氷床から掘削した氷試料に含まれる大気成分の組成分析により、産業革命以降の二酸化炭素濃度の増加や、約10万年周期の氷期―間氷期サイクルに伴う大気組成の変動等、古環境に関する重要な知見が得られています。非常に長い時間地球上に存在してきた天然の氷結晶は、時として、実験室レベルのタイムスケールでは捉えることができない科学現象を見せてくれます。本稿では、南極氷床において数十万年規模のタイムスケールで起こる空気分子の動きを、ミクロな視点から解き明かそうとする研究を紹介します。

  氷床中に存在する空気分子の大部分は、堆積した雪が圧密される際に気泡として取り込まれたものです。氷床浅層部の氷には多数の気泡を確認することが出来ますが、氷床深度が増すにつれて気泡のサイズと数は徐々に減少し、やがて肉眼では観察できなくなります。これは、空気分子が水分子と化合してクラスレート・ハイドレート(以降、ハイドレートとよぶ)という透明な結晶を形成するためです(図1)。ハイドレートは、かご状の格子をつくる水分子と、かごに取り込まれたゲスト分子によって構成される結晶です(図2)。南極氷床中に存在するハイドレートは、過去数十万年分の大気成分を含むため、大気の化石とも呼ばれています。

図3 氷床深度に伴う気泡とハイドレートの組成の変化
図3 氷床深度に伴う気泡とハイドレートの組成の変化
図4 氷中の二酸化炭素分子の拡散軌跡
図4 氷中の二酸化炭素分子の拡散軌跡
 筆者らは、ラマン分光法という手法を用いて、南極氷床から掘削した氷試料中の気泡とハイドレートの空気組成を調べました。この結果、氷床深部で気泡からハイドレートが形成する過程で氷結晶中に拡散流が発生し、空気分子の分布が著しく変化していることが明らかになりました(図3)。氷床内部で起こる分子拡散は、氷床氷を用いた古環境復元解析に重大な影響を及ぼします。しかし、氷結晶中の空気分子の拡散は、数十万年というタイムスケールで地球上に存在する南極氷床だからこそ観測できた非常に遅い現象であったため、実験室レベルのタイムスケールでは調べることができず、拡散の物理的なメカニズムは全く不明でした。

 実験では観測できない程の遅い現象も、原子・分子レベルのミクロな視点からは有意な動きとして見えてくることがあります。筆者らは、分子動力学法とよばれる計算機シミュレーションを用いて、氷結晶中にとりこまれた気体分子の拡散メカニズムを調べました。この結果、氷結晶中では空気分子が水素結合を切断しながら結晶内を移動するため、従来の予測よりもはるかに高速の拡散が起きていることが明らかになりました(図4)。

 南極氷床に保存された空気分子は古環境の情報源となりますが、空気分子の拡散移動により古環境に関する情報の精度は時間と共に減衰しています。分子拡散を考慮した新たな古環境復元解析法を確立することにより、古環境の変動のメカニズムを現在よりもさらに正確に把握することが可能になります。過去の変動の理解は、将来の変動の予測にもつながります。氷床解析により、将来始まる氷期への変遷の時期や、氷期の開始に伴って起こる大気組成の変動等、地球温暖化の抑制方法を検討する上で不可欠な情報を正確に予測することが可能になると期待しています。

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