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水を弾くカビの分子機構

※本内容は、明治大学広報誌『明治』VOL.60(2013年10月発行)に掲載されたものです。

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図1 水滴を弾くカビのコロニー(集落)
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図2 カビの空気中への菌糸伸張とハイドロフォービン
 高温多湿な日本はカビの天下。少し油断すると、モチや果物などの食品にカビが生えますね。台所や流しにカビが生えると厄介です。一方で、日本人は清酒やカツオ節などさまざまな発酵食品の製造にカビを上手に利用してきました。また、青カビが生産するペニシリンは、感染症と戦うための重要な抗生物質です。
 カビの特徴は、空気中に菌糸を伸ばして胞子をつけることです。微生物にとって、湿った食品などの表面から水の表面張力に抗して空気中に菌糸を伸ばすのは大仕事です。表面張力を下げて空気中に菌糸を伸ばし、さらに伸びた菌糸が干からびるのを防ぐために、空気中の菌糸や胞子の表面には水を弾く撥水性が付与されています(図1)。
 カビやキノコなどの真菌類の空気中の菌糸や胞子の表面は、ハイドロフォービンとよばれるタンパク質に覆われています。ハイドロフォービンは低分子量の両親媒性タンパク質で、分子内に8個のシステインCys残基を含んでいます。伸張する菌糸から分泌生産されたハイドロフォービンは、水面に集まって水の表面張力を低下させ、菌糸が水面を破って空気中に伸張するのを助けます。さらに、菌糸の表面で自己集合し、外側に疎水性の面を向けて整列することにより、菌糸に撥水性を与えることが明らかになっています(図2)。
 我々が研究対象としている麹菌(Apergillus oryzae)は日本では古くから清酒・味噌・しょう油などの醸造に用いられているカビであり、安全性が保証された生産性の高いカビであることから、日本醸造学会により2006年に日本を代表する微生物である「国菌」として認定されています。蒸し米や寒天培地に麹菌の胞子を接種すると、初めの2日間は真っ白な菌糸が伸張し、4日目くらいから黄緑色の胞子の着生が始まります。
 我々は、これまでに麹菌のゲノム情報を基にしてハイドロフォービンをコードすると考えられる遺伝子を4つ(hypA-hypD)単離しています。HypA,B,C,Dは、それぞれ151アミノ酸、146アミノ酸、99アミノ酸、119アミノ酸の大きさですが、各々の機能は不明でした。
 緑色と赤色の蛍光タンパク質eGFPとDsRed2を各々のハイドロフォービンに融合して麹菌に導入する実験により、HypBとHypCは菌糸の表面にだけ局在し、HypAは主として胞子の表面に局在することが明らかとなりました。さらに、各々のハイドロフォービン遺伝子を破壊した菌株を作製し、その性質を比較する実験により、HypAが欠失すると胞子が形成される時期に麹菌のコロニーが水を弾きにくくなること、およびHypBが欠失すると菌糸神長期のコロニーが水を吸い込んでしまうことを観察しました。以上より、HypAは胞子の表面に、HypBは菌糸の表面に撥水性を与えていることが明らかとなりました。
 HypAを大量生産させて精製したところ、麹菌の菌体に限らず、ガラス板やテフロン板などの各種の素材の表面に吸着することが観察されました。そこで、ハイドロフォービンに重金属吸着ペプチドを融合した機能性ハイドロフォービンを作製し、多孔性の素材に吸着させることにより重金属吸着能を付与した新規の機能性新素材の開発をめざして尽力しています。
 一方で、ビールやソーダにハイドロフォービンの水溶液を少量加えると、大量に泡が吹き出し、その泡が長時間保持されることも観察しています。ハイドロフォービンが有するこのような界面活性効果が、食品加工に応用できるかどうか模索しています。
 不思議な性質を有するハイドロフォービンの基礎的研究と産業界への応用をめざした研究はまだまだ続きそうです。

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