明治大学の教授陣が社会のあらゆるテーマと向き合う、大学独自の情報発信サイト

農山村政策研究所 – 農山村で起きている問題解決の方途を実践的に提起する –

明治大学 農学部 教授 小田切 徳美

農山村で起きている問題解決の方途を実践的に提起する

※本内容は、明治大学広報誌『明治』VOL.62(2014年4月発行)に掲載されたものです。

1.農山村政策研究所のミッション

 いま、農山村が各方面から注目されています。
 高度経済成長期以来進む人口減少により、この地域では高齢化が著しく進行しています。
 それは、日本の平均的な状況を10年以上も先行していると言われます。確かに、この地域では、伝統的なお祭りや住民による運動会が中止に追い込まれ、さらに集落単位の農道・水路を維持するための共同作業も出来なくなるという事態が見られます。ある研究者は、このような地域を「限界集落」という強い言葉で表現しています。
 こうした状況が生まれている農山村の現状を正しく把握し、そしてその再生のためのあるべき道を明らかにすることは喫緊の課題と言えます。明治大学農山村政策研究所は、21世紀に入り急速に問題が深化し、広範化するこの農山村問題に対処する「政策」を論じることを使命としています。しかし、この場合の「政策」とは国や地方自治体等の公共政策だけを意識しているのではありません。例えば、農山村の医療問題、「買い物難民」問題、農業の担い手不足による耕作放棄地問題、生活交通の廃止問題等の様々な状況に対して、「どうすればよいのか」を具体的に論じることを意味しています。つまり、問題の根源を冷静に見極めると同時に、地域の住民の内発的な取り組みに対して、国や地方自治体、外部のNPOや企業、さらには明治大学をはじめとする大学が協働して問題の解決や改善を果たす方途を実践的に提起することを志しています。あらゆる研究分野がそうだと思いますが、特に農山村研究では、困難な状況に対して「クールヘッド&ワームハート」が欠かせず、私達はそれを強く意識しています。

2.研究会から研究所へ

 本研究所の特定課題研究所としてのスタートは2010年ですが、それ以前の2004年に原型となる研究会が、本学商学部・中川秀一教授(農業地理学)を中心に設立されています。そこでは、地理学分野における、よりいっそう積極的な問題解決志向の農山村研究を目指して、この分野の中堅・若手研究者数名による定期的な研究会が積み重ねられました。その後、首都圏の諸大学から大学院生クラスが集まり、20名ぐらいのメンバーが常時参加する研究会に発展しました。加えて、農山村研究を進めていた農業経済学や農村社会学の研究者なども結集し、次第に分野横断型の研究組織に成長しています。
 そして、こうした状況を基盤に「日本の農山村地域の振興にかかる諸施策のあるべき方向性また既存施策の評価について、実態調査の分析を踏まえた研究蓄積を図ること」を基本任務とした特定課題研究所・農山村政策研究所が2010年に発足しました。
 現在の研究所の正式メンバーは表の通りですが、関係する大学院生や後に触れる科研の研究組織とも緊密な関係を持ち、実質的には30名前後の大きな組織として運営されています。そのため、現在では専門分野は、農業地理学、農業経済学、農村社会学、農村計画論、農業土木学、行政学等にまで多岐にわたります。

農山村政策研究所メンバー(2013年度)

氏名 所属 研究テーマ
小田切 徳美 <代表>明治大学農学部・教授 農政学、農業経済学、地域ガバナンス論
中川 秀一 <副代表>明治大学商学部・教授 森林管理論、人文地理学、事務局担当
橋口 卓也 明治大学農学部・准教授 農業政策論、農業経済学、EU地域政策
西野 寿章 高崎経済大学地域政策学部・教授 山村地域振興論、山村地理学、過疎問題
片岡 義晴 法政大学文学部・准教授 地域振興論、農業地理学、茶業地域
高柳 長直 東京農業大学国際食料情報学部・教授 フードシステム論、経済地理学、地域ブランド
宮地 忠幸 国士舘大学文学部・准教授 産地戦略論、農業地理学、有機農業
梅田 克樹 千葉大学園芸学部・准教授 企業と地域、経済地理学、酪農・乳製品
多田 忠義 農林中金総合研究所・研究員 木材産業論、人文地理学、日本経済のマクロ分析

3.研究所の活動

英国農村の内発的発展事例の調査
英国農村の内発的発展事例の調査
(1)定例研究会
 研究所では、従来の研究会時代からの定例研究会が、1〜2カ月に1度の頻度で行われています。成り立ちからして地理学を中心としていますが、多様な分野の研究報告も行われています。院生からの報告も多く、それに対して年長の研究者からのアドバイスを含めた積極的な議論が行われているのが特徴だと言えます。
 この間の報告テーマの一部を次に掲げましょう。なお、この研究会の一部は経済地理学会関東支部例会との共催として開催されています。
 ○土地利用型農業における農地利用をめぐる農家間ネットワーク
 ○『農山村の2010年問題』の帰趨と展望
 ○都市農村交流と学校教育
 ○公立病院改革と住民生活
 ○大学生の空間認識―地域おこしのための資質としての視点から―
 ○農村の高齢化に伴う特産品産地の変容─高齢期離職就農者に注目して─

(2)内発的発展論研究
 2012年からは、科学研究費補助金(基盤研究B)「内発的農村発展戦略に関する日英比較」(代表・小田切)を研究所のもうひとつの大きな事業として進めています。この研究では、農村地域の再生戦略としての内発的発展の議論と実践を日本と英国の両国で比較することにより、その普遍性を明らかにすることを課題としています。
 我が国で内発的発展論が、まとまった形で議論されたのは1980年代前半のことでした。この議論は、地域住民が創意と実践による前進を積み重ねて、主体形成をしながら、新しい社会・経済的な仕組みを構築しようとするものであり、農山村の現場でも、また学界の場でも、好意的に受け止めらました。しかし、それから既に約30年が経ているにもかかわらず、この議論には大きな前進は見られません。それは、「内発的」という共感を得やすい言葉を含むため、広く一般に浸透しているものの、逆にその中身が豊富化しない、「総論賛成・各論不在」という状況に至っていると言えます。
 実は、同じような議論は欧州でもあり、特に英国のニューカッスル大学・農村経済研究センター(CRE)では、内発的発展論を「外部からの影響から自立して社会経済的発展を追求する農村地域の概念は理想的なものだが、現代ヨーロッパにおいては実用的な提案ではない」として、内部の力とEUの政策や大学等の外部主体がかかわる「ネオ内発的発展論」を提唱しています。
 科研による研究では、この点に注目して、内発的発展論の日英両国の新しい段階における明確化とその実践的プロセスの解明を追求しています。そのため、研究所メンバーによる英国農村でのヒヤリング(2012〜13年)が実施されて、今後は英国のニューカッスル大学CREの研究者の招聘による国際シンポジウム、国内の共同実態調査(2014〜15年)が予定されています。これにより、英国と日本の農山村発展戦略の相違点、そして国や地域の条件の違いを超えた新しいタイプの内発的発展の共通点が析出されることが期待されます。

4.研究成果の概要

メンバーによる代表的な著書
メンバーによる代表的な著書
 研究所や科研メンバーにより、既に多くの書籍や論文等が公表されています。書籍の中で代表的なものをあげれば次の通りです。
①『グローバル化に対応する農林水産業』(高柳長直・川久保篤志・中川秀一・宮地忠幸編、農林統計出版、2010年)
②『英国農村における新たな知の地平』(安藤光義・フィップ・ロウ編、農林統計出版、2012年)
③『農山村再生に挑む』(小田切徳美編、岩波書店、2013年)
 また、農村計画学会では『農村計画学会誌』において、9本の論文から構成される「外部人材と農山村再生―内発的発展論の新たな展開―」という特集を組まれましたが(第32巻3号、2013年)、ここでも、研究所メンバーが積極的にかかわり、定例研究会での議論の蓄積や日英比較の中間報告等の複数の論文を公表しています。

5.今後の展望

 最近では、都市の若者の農山村還流が注目されています。中にはそれにより人口の社会増加を実現する農山村自治体を見ることができ、「田園回帰の時代」と一部では言われています。これは、農山村における主体的取り組みが成果をあげ、それに共感する若者を呼び込んでいるという側面があると同時に、実は都市の若者の「出番」「居場所」が希薄化して、それに対する反作用とも考えられます。また、今後、オリンピック開催で注目される東京でも激しいスピードで高齢化が進行することが予想されます。特に、ニュータウンの高齢化は著しく、農山村を越える勢いでそれが進むことが指摘されています。
 その意味で、農山村を論じることは、都市を論じることにもつながります。農山村研究の意義は、単なる限定的な地域問題から日本社会全体の問題への広がりにあると言えます。農山村政策研究所でも、そうした広い視野を持ち、国内外で積極的に研究を進めたいと思います。

知の集積の関連記事

クリエイティブインタラクション研究所

2016.6.29

クリエイティブインタラクション研究所

  • 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科教授、クリエイティブインタラクション研究所長
  • 荒川 薫
世界が注目する折紙工学~明治大学の折紙工学研究拠点~

2016.5.18

世界が注目する折紙工学~明治大学の折紙工学研究拠点~

  • 明治大学 研究・知財戦略機構 特任教授/先端数理科学インスティテュート所長 博士(工学)
  • 萩原 一郎
野生の科学研究所 – 科学を生命や人間に寄り添えるものに再生する –

2013.10.1

野生の科学研究所 – 科学を生命や人間に寄り添えるものに再生する –

  • 明治大学 野生の科学研究所所長
  • 中沢 新一
日本古代学研究所 – 日本列島の文明化を究明する古代学の国際的構築を目指す –

2013.7.1

日本古代学研究所 – 日本列島の文明化を究明する古代学の国際的構築を目指す –

  • 明治大学 文学部教授 日本古代学研究所所長
  • 吉村 武彦

Meiji.netとは

新着記事

2017.11.22

AIと共生できない人は生き残れない!?

2017.11.15

TOEFL スピーキングスコアがアジア最下位の日本は、変われるか?

2017.11.08

暴走するのは核を保有した北朝鮮か? トランプか?

2017.11.01

「アメリカらしさ」に逆行する白人至上主義

2017.10.25

腸内フローラを活用すれば、人はもっと強く美しくなる

人気記事ランキング

1

2014.12.01

【特別号】箱根駅伝優勝を夢見て ―競走部に懸けた20年間の奮闘の軌…

2

2017.11.15

TOEFL スピーキングスコアがアジア最下位の日本は、変われるか?

3

2014.09.01

緊急提言、人口減少社会に歯止めをかける ―方策は少子化対策、社会…

4

2013.09.01

少子化問題を斬る ―原因は、未婚化・晩婚化・晩産化にあり―

5

2015.02.01

公共政策から社会問題を考える ―物事を相対化し、多角的に考えるこ…

Meiji.net注目キーワード

【注目!】連載コラム