明治大学の教授陣が社会のあらゆるテーマと向き合う、大学独自の情報発信サイト

野生の科学研究所 – 科学を生命や人間に寄り添えるものに再生する –

明治大学 野生の科学研究所所長 中沢 新一

科学を生命や人間に寄り添えるものに再生する野生の科学研究所

※本内容は、明治大学広報誌『明治』VOL.60(2013年10月発行)に掲載されたものです。

 野生の科学研究所は、科学を生命や人間の自然な思考にしなやかに寄り添っていけるものに作り替えていくことを目的として、2011年10月に開所しました。
 人文科学は二千年を超える知識の蓄積をもった学問です。人間の認識力や社会の本質についての深い探求を多方面にわたって繰り広げてきました。その大きな特徴は、今日の自然科学がベースにしている合理性よりもさらに深い合理性が、人間の知性には存在しているという前提に立って、さまざまな探求をおこなってきたことです。人文科学は情報や機能には還元できない知性活動が、人間という生き物を作っていることを研究してきた学問とも言えるでしょう。その人文科学がいま危機に瀕しています。その人文科学を新しい地盤に立って再生するための試みが必要になっています。いまそれができなければ人文科学はますますやせ細り、自然科学とのバランスも失われてくる。それは人間にたいする理解を歪めてしまいます。そこで私たちは、今日まで人文科学が蓄積してきた、しかし未だ十分には利用されていない知識の蓄積を今日にふさわしい新しい形に変容させ、人文科学を固有の学問(サイエンス)として生まれ変わらせようという意気込みのもとに、この研究所をスタートさせました。

野生の科学とはなにか

fl15_img01
クロード・レヴィ=ストロース『野生の思考』(みすず書房)
 野生の科学研究所という名前は、フランス人の人類学者クロード・レヴィ=ストロースが書いた『野生の思考』という本に由来します。レヴィ=ストロースは、人間の思考には「野生の思考」と「飼いならされた思考」の二種類があると記しています。現代世界は「飼いならされた思考」の世界です。その思考は都市空間や合理的な経済システム、社会システムなどに実現されています。しかし人間の心の中にはそれだけでは管理しきれない領域が生き続けています。それが「野生の思考」である、とレヴィ=ストロースは考えました。私たちはその考えへのオマージュをこめて、人文科学の自律をめざすこの研究所にこの言葉を使うことにしました。
 今、人文科学自体が現代経済からの大きな影響を受け、功利性や合理性という方向へ流されはじめています。「合理性を越えた合理性に根ざす」とした、人文科学の土台が突き崩されつつあります。私たちはもういちど人文科学の土台をつくりなおさなければならないと考えます。しかし合理性を越えた合理性に立つといっても、それは学問として厳密な構造性を持っていなければいけません。私たちはあくまでも「科学=サイエンス」として出発しなければなりません。そのことはつねに人文科学の最良の部分が目指してきた考え方であって、その意味では野生の科学研究所は、人文科学の最良の部分の伝統の上に立って、それを現代に復活させようとしている、と言えるかもしれません。
 この研究所はいみじくも2011年3月11日の大震災の直後に発足しました。このことは大きな意味を持っています。3・11という出来事を通じて日本人が知ったことは、自然という存在の大きさや人間を越えた力、複雑さ、多様性が、どんなに科学技術の発達した現代においても、依然として存在し続けているという事実でした。多くの人々がそれを目の当たりにして自分たちの世界の作り方やライフスタイルを変えていかなければならないと真剣に考えるようになりました。そういう日本人の中に生じている意識の変化と、この研究所のめざしていることは合致しています。その意味では人文科学の再生という意図を越えて、日本人がこれから目指すべき世界観や哲学を構築していく実験の場所になっていく、という目的がますます鮮明になってきました。

活動内容 学問を「野生化する」―研究内容について

fl15_img02
山口県祝島における新たなエネルギーと地域の循環=祝島モジュール
fl15_img04
八王子市恩方にて行っている田植えの様子
 まずはエネルギーと経済の問題について、当初からの大きなテーマの一つである贈与論を柱に研究が進められています。山口県上関町祝島が主なフィールドです。人間にとっての交換の原初的な形態である贈与は、与える者(giver)と受ける者(taker)の間の相互的な対話状態の中に一種の均衡点を探っているとも言えますが、祝島のような島経済ではこのことが目に見える形となって具現化されています。そこで、この半農半漁の小さな島における経済活動や、株内・講・惣といった社会関係単位に着目し、伝統的な地域社会にみられる循環型の自然エネルギー資源活用法の実証的研究を進めています。
 これと平行する贈与論の研究会では、贈与の原理がどのように動いているのかを哲学、経済学、社会学などの領域にわたって議論を交わしています。このように常に具体的なフィールドと研究会とが一体となり、実践と理論が相互関係のなかで作られていくような研究方法がこの研究所の大きな特徴の一つといえるでしょう。
 経済学にも新しい知の形態が求められています。林業の領域では今、日本の森林荒廃が進んで大きな危機的状況を突きつけられているわけですが、この問題を乗り越えるためには日本の森林を実践的に作りかえていく試みを行うのと同時に、森林が人間に与えるものの意味を研究し、それを経済学のなかに組み込んでいかなければなりません。奥多摩や西粟倉の森で行われているプロジェクトにはすでにその一端が見え始めています。また農業の領域での試みは、東北の「緑の山伏」の活動や「トーテミズム農業」の研究というかたちで展開しています。
 これら新しい知の形態の創出にあたって、科学の構造を再検討する必要があります。そのために、最大の先駆者である明治の博物学者、南方熊楠についての研究を進めています。南方熊楠の思考の世界を明らかにすることを通して、多様性を原理として動いている全体をとらえるための、次の時代の科学的方法論を探ろうという試みです。考古学、人類学、科学方法論、民俗学、それらすべてが結合してくるでしょう。それこそまさに南方熊楠が行おうとしていた研究であり、私たちが目指す知の変容なのです。
 このように野生の科学研究所では、人間の世界を人間の原理だけで閉じられたシステムにしようとする近代に特有の思考を脱構築して、「自然」の原理を含んだ科学を作ろうとしています。ここで行おうとしている試みを「野生化する」と呼ぶとしますと、この研究所が行おうとしている探求は「経済学を野生化する」「数学を野生化する」「社会学を野生化する」「法学を野生化する」「都市論を野生化する」などという試みに結集していくことになります。

今後の展開 広く開かれた研究所へ

fl15_img03
岩野卓司教授(法学部)による公開講座「贈与の哲学―ジャン・リュック=マリオンの思想」
fl15_img05
活動報告のページ
fl15_img06
野生の科学研究所ホームページ(トップページ)
 明治大学は日本の知的な世界の中できわめて重要なポジションに近づいています。当学において新しい知の形態を作り出すということは大きな意味を持っています。その一翼を担うべく、研究所の成果を発表していくにあたり、明治大学出版会を通じて新しく「野生の科学叢書」を発刊し、明治大学から生まれたこの研究所で展開されている知の変容を発信していこうとしています。
 また大学と社会の垣根を越えて広く社会一般に研究成果を発信すべく、研究会の一般公開にも積極的に取り組んでおります。2010年の開所式では500名以上(抽選)、岩野卓司教授(明治大学法学部)の「贈与の哲学研究会」においては参加者100名以上という実績をおさめました。
 野生の科学研究所は大学の学部組織を横断していく位置にありますので、文学、経済学、農学など多彩な研究分野が、垣根を越えて結びついていく場になるはずです。それぞれのフィールドにおける探求がひとつに結び合い、互いに響き合いながら展開していくような研究所でありたいと思っています。学内の皆様にもいつでも扉は開いています。ぜひ自由にご参加いただければと思います。

※研究所の活動は随時ホームページ(http://sauvage.jp)等で報告しています。

知の集積の関連記事

クリエイティブインタラクション研究所

2016.6.29

クリエイティブインタラクション研究所

  • 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科教授、クリエイティブインタラクション研究所長
  • 荒川 薫
世界が注目する折紙工学~明治大学の折紙工学研究拠点~

2016.5.18

世界が注目する折紙工学~明治大学の折紙工学研究拠点~

  • 明治大学 研究・知財戦略機構 特任教授/先端数理科学インスティテュート所長 博士(工学)
  • 萩原 一郎
日本古代学研究所 – 日本列島の文明化を究明する古代学の国際的構築を目指す –

2013.7.1

日本古代学研究所 – 日本列島の文明化を究明する古代学の国際的構築を目指す –

  • 明治大学 文学部教授 日本古代学研究所所長
  • 吉村 武彦

Meiji.netとは

新着記事

2017.11.22

AIと共生できない人は生き残れない!?

2017.11.15

TOEFL スピーキングスコアがアジア最下位の日本は、変われるか?

2017.11.08

暴走するのは核を保有した北朝鮮か? トランプか?

2017.11.01

「アメリカらしさ」に逆行する白人至上主義

2017.10.25

腸内フローラを活用すれば、人はもっと強く美しくなる

人気記事ランキング

1

2014.12.01

【特別号】箱根駅伝優勝を夢見て ―競走部に懸けた20年間の奮闘の軌…

2

2017.11.15

TOEFL スピーキングスコアがアジア最下位の日本は、変われるか?

3

2014.09.01

緊急提言、人口減少社会に歯止めをかける ―方策は少子化対策、社会…

4

2013.09.01

少子化問題を斬る ―原因は、未婚化・晩婚化・晩産化にあり―

5

2015.02.01

公共政策から社会問題を考える ―物事を相対化し、多角的に考えるこ…

Meiji.net注目キーワード

【注目!】連載コラム