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産学官連携で次世代素材「漆」を身近な製品に応用 – 漆の可能性をひろげるため、地元川崎の企業と生活の中の新しい漆器の開発に取り組んでいます。 –

明治大学 理工学部 応用化学科 教授 工学博士 宮腰 哲雄

産学官連携で次世代素材「漆」を身近な製品に応用

連携テーマ
神奈川県 川崎市
漆の現代的な利活用

Summary
● 栽培型資源である漆は、 省エネ、 CO2削減など環境問題に資する材料として見直されている。
● 漆の分子のナノ化に成功し、インクジェットプリンタで伝統工芸の蒔絵の作成も可能に。
● 漆に関わるさまざまな専門家が一堂に会する「漆サミット」は2013年で5回目を数える。

漆とその文化を継続するため、工業的利用を研究

明治大学は以前から学生とともに地域の課題に取り組んできました。学生にとっても地域で活躍できる人材に成長するチャンスです。海外では漆文化や漆の性質研究がホットなジャンルになりつつあり、中国、韓国、ヨーロッパなど海外の漆研究のグループと共同研究も進めています。
明治大学は以前から学生とともに地域の課題に取り組んできました。学生にとっても地域で活躍できる人材に成長するチャンスです。海外では漆文化や漆の性質研究がホットなジャンルになりつつあり、中国、韓国、ヨーロッパなど海外の漆研究のグループと共同研究も進めています。
 私の専門分野は有機合成化学ですが、漆に関しては天然素材の優れた特性に興味を持ち、以前から漆樹液の分析や漆の重合機構、漆の工業的利用に関する応用研究などに取り組んできました。
 調べていくと、漆と私たちとの関わりは古く、縄文時代から漆器や美術工芸品などに使われ、日本人に広く親しまれてきました。漆を用いた伝統工芸は日本全国にあり、青森の津軽漆器から沖縄の琉球漆器まで、それぞれに特徴的な漆器文化が根付いています。また、漆は木を植えて育てて得る栽培型の天然資源であり、資源や環境に配慮したいわゆるグリーンケミストリ(環境に優しい化学)のひとつであり、石油に依存しないものづくりに貢献する素材としても注目されています。
 しかし、昨今は食生活の変化もあって、一般的な生活の場から漆器が少しずつ姿を消しつつあり、産業としても縮小傾向にあります。それに伴い国産漆の生産量も減少しています。現在日本で使用される漆の約98%は中国産で、国産漆は残り2%程度しか使用されていません。ウルシ林の荒廃や漆掻き職人の高齢化も進んでおり、優良なウルシ原木の資源確保や後継者の確保が課題となっています。かつては漆工芸=Japanと呼ばれた日本の漆文化を継続していくためには、昔ながらの製法、技法だけでは難しい、という危機感があり、現代の新しい技術を使って、漆の可能性を広げることができないだろうかと考えたことが、研究の動機になっています。
 その成果のひとつが漆の分子をナノ化し、インクジェットプリンタによる印刷を可能にした技術です。漆利用の伝統を大切にしつつ、最新の化学と材料加工技術を導入することによって、熟練の技と時間を要する手工芸だった漆製品の工業生産を可能にすることが目標です。

伝統の漆工芸と金属加工の出会い

漆は高湿度下で長時間かけて乾燥硬化する特性を持つ。漆をインクジェットプリンタで利用するためには、数々のノウハウが必要。
漆は高湿度下で長時間かけて乾燥硬化する特性を持つ。漆をインクジェットプリンタで利用するためには、数々のノウハウが必要。
 「漆事(うるしごと)」シリーズは、この技術を発展させ、金属への吹き付け加工によって新しい漆のかたちを実現した製品です。川崎市の産業振興財団による産学連携事業支援のもと、多摩区に工場を持つ金属加工会社「末吉ネームプレート製作所」との共同研究によって生まれたこのブランドは、2014年2月の「東京インターナショナルギフトショー」で初めて展示を行い、好評を博しました。「末吉ネームプレート製作所」は生田キャンパスの地元である川崎市内のエッチング加工技術に強みを持つ企業です。金属エッチング加工はスクリーン印刷によるものが主流でしたが、小ロットの製品についてはコスト面からインクジェットによる印刷のほうが効率的で、それぞれの特徴を生かした使い分けができれば、業務の幅が広がるというメリットがあります。また、絵を描くためには、独特のセンスや技術と経験が必要ですが、デジタルデータをもとにグラフィック加工すれば、比較的容易に蒔絵をつくることができます。
 製品化にあたっては、漆分子のナノ化以外にもさまざまな技術を投入しています。また、宮前区のデザイン会社「モノプロデザイナーズ」や、以前から漆の応用研究にご協力いただいている会津若松の漆器専門業「小野屋漆器店」など、さまざまなプロジェクトメンバーの力を借り、その集大成として新たな表現の完成を見ることができました。現在は酒膳と食膳をラインナップしていますが、いずれも漆をインクジェットでステンレス板に吹き付け、手作業で蒔絵を施しています。
 こうしたプロジェクトは異業種交流の場としても機能し、リアルな社会のニーズを把握できるという利点もあります。また、研究室の学生にとっても、自分たちが携わっている基礎研究が将来どのように応用されていくのかを目の前で見る貴重な経験になりました。私たちの研究成果は外部に提供し、企業にどう役立てていただくか、どう社会に還元するかという視点が重要です。技術的にも漆塗りと金属加工の融合は新たな挑戦であり、その意味でも価値のある連携を図ることができたと考えています。

さまざまな専門家が集う「漆サミット」を開催

酒膳「月(TSUKIMI)」(奥)と食膳「凪(なぎ)(NAGI)」(手前)。
酒膳「月(TSUKIMI)」(奥)と食膳「凪(なぎ)(NAGI)」(手前)。
「漆はまだまだ可能性のある、潜在能力の高い素材です」と語る、宮腰教授。
「漆はまだまだ可能性のある、潜在能力の高い素材です」と語る、宮腰教授。
 漆は材料として幅広い用途を持つうえ、深みのある艶があり、耐久性に優れるなど、多くの特長を備えています。そして何より、生活用品として日常の中にあることが一番の魅力でした。漆の特徴やその良さを理解してもらうためには、漆に関わる情報を広く提供し、多くの方に興味関心を持ってもらうことと同時に、新しい技術を導入しながら、伝統をつなぐことが重要です。
 そうした取り組みの一つに「漆サミット」があります。漆サミットは、文部科学省による大学の学術フロンティア推進事業『次世代機能材料「漆」の高度利用に関する学際的研究』に端を発しています。私はこの研究のプロジェクトリーダーを務め、5年間にわたって学際的な研究を行いました。また、これらの研究成果を社会に還元するため、各種シンポジウムや講演会、リバティアカデミーでの漆に関する講座などを行ってきました。
 その一環として2010年1月に駿河台キャンパスで開催したのが第1回の漆サミットです。ここでは講演会、ポスター発表、漆工芸品の展示、パネルディスカッションなどが行われ、漆に関するイベントとしては規模の大きなものとなり、大盛況のうちに幕を閉じました。これを受け、学術フロンティア推進事業の終了後も漆サミットを継続し、2012年の第4回からは場所を移して、良質な漆の生産地である岩手県二戸市浄法寺で開催し、2013年は漆器の一大産地で、漆の最大消費地でもある輪島で第5回を数えました。本年2014年は京都での開催を予定しています。漆に関わるあらゆる職種、研究者などが一堂に会する場を設けることで、それぞれの専門分野を越えて情報交換と相互理解、漆技術の継承と復権への道すじを探っています。

漆とその文化を継続するため、工業的利用を研究

 ものづくりに関わる化学においては環境保全、省エネルギー、二酸化炭素の削減などの観点から化石資源に変わる天然植物資源の活用が重要になっています。石油などの化石資源はいずれ枯渇するため、生物由来の資源の高度な利用方法を確立することは避けられない課題といえます。しかしながら、漆の木を植えて育て、資源を得て、最新の技術で使いやすく加工し、製品化する過程には、さまざまな知の力が必要です。今後も漆に関わる幅広い分野の専門家と協働することで漆文化と漆産業の再興の一助となることをめざします。

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