2024.03.21
農山村は消滅しない ―「田園回帰」にみる都市と農村の共生の姿―
小田切 徳美 明治大学 農学部 教授農山村が持つ「強靭性」と「臨界点」
――農山村は以前から過疎化が進んでいることが指摘されています。先生は農山村の現状をどのようにとらえていますか。
確かに高齢化、過疎化は進んでいます。1960年代に過疎化を最初に指摘された西日本の中国山地の農山村は、すでに半世紀にわたって過疎化や高齢化と切実に向き合っています。そのため、一部では、地域の人々の英知と努力により、高齢化社会を支える持続的な仕組みを作り出してきました。そこには確かな「強靭性」があります。そのひとつに、他出した後継ぎ層が土日に親元に帰って農業に従事する、「ウィークエンドファーマー」と呼ばれる人たちが広範囲に存在しています。家族は空間を超えて農業に関わり集落の維持に貢献しています。これは、農山村集落に居住する人には将来に向けて住み続けるという強い意志があるからに他なりません。この「強靭性」を延ばす仕組みが、バブル経済崩壊以降の「地域づくり」でした。バブル期のリゾート開発に代表される外来型開発とは異なる、内発型の発展を目指した地域づくりが進められてきました。特に、中国山地の農山村には多彩で多様な動きがあります。国内で過疎・空洞化が先発的に進んだだけに、地域づくりも先発しています。「解体と再生のフロンティア」と言えます。
他方、農山村集落には、「臨界点」があります。災害など外部からの強いインパクトにより、集落の人々の気持ちが萎えて、それが「諦め」に転化することにより、地域の活動が急速に停滞する現象です。「増田レポート」の「地方消滅論」はこのような外部インパクトになった可能性さえあります。次の世代にバトンタッチしようと思っている人たちの気持ちを崩してしまえば、農山村集落は本当に消滅してしまいます。「地方創生」を語るのであれば、諦観を醸成するような「消滅可能性」の振り回しは、止めるべきだと考えています。
動き始めている「田園回帰」
――地方が消滅することなく、今後、人口減少社会の中で、農山村や地方が存続していくための、新しい動きはあるのでしょうか。
実は、若者を中心に、都市住民の農山村への関心が高まっており、農山村への移住に関心を持つ人たちは決して少なくありません。この大きなトレンドを「田園回帰」と呼びたいと思います。こうした「田園回帰」のトレンドを徹底的に無視しているのが「地方消滅論」の特徴と言えます。
この動きが始まったのは90年代半ばと言われ、さらに2009年、総務省が支援した「地域おこし協力隊」の仕組みが生まれ、促進されました。「地域おこし協力隊」は地域おこしのサポート隊と位置付けられ、農山村に移住すれば最大3年間、一定額の給与が支給される制度です。すでに約1,500人の方々が農山漁村で活躍しています。その8割が20歳代、30歳代の若者で、また直近の調査によれば50%以上の人が、地域で定住の道を選んでいます。
着目すべきは、こうした若者の意識の変化です。農山村の濃密な人間関係を否定的にとらえず、むしろ積極的に受け入れようという姿勢、先入観なしに、農山村は「温かい」「かっこいい」と感じる若者が増えています。それらと並行して新しいライフスタイルが生まれていることも注目されます。以前から「半農半X型」の仕事のあり方は議論されてきましたが、現在は「X」の部分が一層多様になっています。このような働き方を「ナリワイ」という言葉を使い、論じられています。「ナリワイ」を不安定なものと認識するのではなく、仕事と生活が一体化した、新しいライフスタイルとする若者が増えつつあるのです。