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複合化する天災に備える ―現代日本・防災への提言―

荒川 利治 荒川 利治 明治大学 理工学部 教授

「室内災害」から身を守る

 次に、地震に伴う「防災」について考察してみたい。建築構造物の耐震設計とは一般に、建物の供用期間中に数回発生する可能性のある中規模の地震に対して大きな損傷を与えないこと、また建物の供用期間中に極めて稀に発生するかもしれない大地震に対しては倒壊せずに居住者の命を守ることを目的としている。そのため、建物の主構造である柱、梁、床、壁の強度と靭性を向上させることに意識を注いできた。この耐震技術は、先に述べたように日本は高いレベルにあり、現在の建築基準法を満たした建物であれば、倒壊するリスクは殆どない。そうした中、今耐震において問題となっていることの一つは「室内被害」である。1995年に発生した阪神・淡路大震災でも、死亡した人の多くは、崩れた天井や倒れた家具の下敷きになった人であった。家具、天井などの非構造部材(二次部材)が凶器になりかねないのである。家具の転倒防止、天井の落下・ガラスの飛散回避などの「室内災害」も、耐震技術としてフォローしていく必要がある。
私自身も、メーカーと共同で3年間かけて家具転倒防止の器具を開発した。ビスなどの金具を用いず壁紙に貼るだけで家具を固定する器具で、震度7の地震動に対応できる。また、最近研究を進めているのが建物の「ヘルスモニタリング」である。人の健康診断のように、建物を定期的に診断し耐震性能の変化をカルテとして残しておくものだ。警察署、消防署、公共施設、放送局、病院など、市民生活と関わりが深く、高い耐震性能が求められる建物に導入を図っていきたいと考えている。

職人の誇りを回復する重要性

荒川利治教授 最後に指摘したいのは、建設業界が抱える体質的問題である。近年、技術系要員(建築現場の職人)の人手不足が指摘されている。厚労省の調査によれば、全国で十代の大工は2000人にも満たない状況であり、次代を担う職人が激減している。耐震技術が充実し高度化しても、高い施工技術を持った職人がいなければ、確かなものつくりは完結しない。職人が減っている背景にあるのが、業界の構造的問題だ。建設業界は請負と下請けの階層構造で成り立っている。過当競争の中、建設会社は収益を確保するため、下請けに対してコストダウンを要請してくる。その結果、建築現場で働く職人の給与水準は決して高いとは言えない状況が続いている。また、工事現場は「3K職場」と見られており、若い人が離れていく要因の一つだろう。次世代が魅力を感じない仕事・職場は早晩破綻する。したがって、建築構造の観点からいえば、耐震性能を十分に担保できる建築の実現が疑問視されるのである。少し前までは、職人は自分の仕事に誇りと自覚を持ち合わせていた。職人の誇りを取り戻すことが、建築に求められており、そのためには、業界全体が体質改善に向けた改革に着手する必要がある。人の生命と財産を預かる建物に、「安かろう、良かろう」という言葉はそぐわない。良いものにはそれなりの対価が必要であり、「高かろう、良かろう」へと転換していくことが、職人の誇りの回復、そして次代を担う若者にとって魅力ある職場の創造につながると思われる。
私は長年にわたって建物の耐震構造・耐震設計を研究対象にしてきた。確かに、日本は高いレベルの耐震技術を生み出し、それが居住者の生命と財産の安全を担保してきた。しかし、すべての建物が100%安全ということはできない。自然がもたらす災害は人知をはるかに超えることがある。自然に対して畏敬の念を持つことが、「防災」の根幹にあると考えている。

※掲載内容は2014年8月時点の情報です。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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