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炎上CMも流行現象のひとつ。そこから見えてくるのは…

市川 孝一 市川 孝一 明治大学 文学部 教授(2018年3月退任)

表層の変化である流行現象を通して、社会の深層を解明する

市川 孝一 流行現象に対してメディアは強い影響力をもっていると述べましたが、その意味で、近年、最も注目すべきはネットメディアです。1980年代のなかばから、マーケティングの世界では、従来の「大衆」に対して、「少衆」、「分衆」という概念が生まれてきました。それが、さらにバブルの崩壊によって鮮明になるとともに、インターネットの劇的な発展にともなって決定的な変化につながりました。つまり、以前のメディアが大衆を対象としたマスメディアであったのに対して、ネットメディアは非常にパーソナルなメディアであり、それが私たちの生活に浸透したからです。これが1990年代以降、国民的アイドルが生まれなくなった要因のひとつでもあると思います。

 そのネットメディアで、最近、注目されたのが、いわゆる「炎上CM」です。炎上の理由はいくつかありますが、大きな騒動に発展するのは、女性差別をめぐるものです。ひとつは、女性の身体の不適切な扱い、いわゆる「性の商品化」を想起させる表現です。もうひとつが、固定化された性役割意識に基づく表現です。地方自治体だけでなく大企業の動画CMにもそうした表現が見られます。原因は、動画制作の現場に女性の視点が十分に反映されていない、もしくは完全に欠落していることです。特に、自治体の炎上CMでは、旧態依然の男目線や男感覚で作られているものが少なくありません。一方に、それに反発する社会心理があり、それが炎上を生んでいるわけです。この炎上は、広い意味で流行現象であるとみなすこともできます。ネットメディアが時代の社会心理をダイレクトに表出するという、従来のマスコミ時代ではあり得なかった流行現象が生まれているわけです。今後は、ネットがらみの流行現象に注目していくことがますます必要になってきます。

 もうひとつ、流行現象を研究する上で重要なことがあります。流行現象は、まさに社会の表層で生起するものであるがゆえに、軽薄なものとして軽視されがちです。しかし、表層に注目してこそ、社会の深層や基層のあり様が明らかになるのです。芭蕉の俳諧用語に「不易流行」という言葉があります。これを転用して、変らない不易に対して、流行は移りゆくもの、変化するものを表すと解釈しておきましょう。そうすると、その変わりゆく流行を通して、社会や文化の中の変らないもの、つまり、日本社会や日本文化の特質につながるものを解明することができるのではないかということになります。 例えば、時代によって大衆の感じ方や考え方が移ろい、それが流行現象として現れても、一方で日本人には、世代を超えて共有される通俗道徳や規範意識が存在してきました。それは、日本社会の基層をなしているものといえるかもしれません。ところが、最近様々な大企業で次々にスキャンダルが発覚したり、今までだったら考えられないような事件や事故が起きています。これは、日本社会や日本人の特質である中心的な規範意識が揺らぎはじめていることを示すものであり、そこに危機感を覚えます。それは、「日本人の劣化」であるという指摘もあります。表層で起きている流行現象に注目することで明らかになる深層の不易。そこにも変化が起きているとすれば、それは深刻な社会問題です。“瑣末でささいなもの”とみなされがちな流行現象の研究も、実はこうした社会の大テーマの解明にもつながっているのです。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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