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文学が告げる自我の変遷。閉じた世界へ内向する「私」の行方

明治大学 文学部 准教授 伊藤 氏貴

近代藝術の中心としての自我

伊藤氏貴准教授 近代藝術の最大の特徴は「私」にあったといってよいでしょう。かつて音楽や美術、文学は神を表現するための宗教的な領域に属するものであり、作者が誰であるかということさえ、さして重要なことではありませんでした。それが近代に入ってから「私」や「個性」というテーマが大きく浮上することになります。
 「本当の自分を見てもらいたい」「自分のすべてを受け入れてもらいたい」といった感情や衝動を、音や絵画、舞踊あるいは言語で表現する。それが近代の藝術であったといえます。
 たとえば日本の近代文学では「告白」という形式がひとつの大きな流れを作っていました。言語を使って自分の内部を顧みる。自己を省察し、「本当の自分」が何であるかを吟味する。自分のことをありのままに描く。これは今日にいたるまで「私小説」としてその命脈を保っています。
 しかし、「本当の自分」や自分の「内面」など、そもそも把握が不可能なものです。むしろ「告白」は、まさにその「告白」という行為によって「本当の自分」というものをねつ造する装置であったといえるでしょう。三島由紀夫はそうした事情を熟知しており、「仮面の告白」は、そのような作り出された内面=「仮面」が「告白」する小説、という形態をとっています。
 1980年代、日本ではポストモダンが流行しました。「私」なるものを中心とする近代の文学は終わるだろう、と当時誰もが思っていました。しかし、それから30年を経た今でもなお、「私」は文学の中心的なテーマであり続けています。

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