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人は信じたいものを信じるから、フェイクニュースに操られる

江下 雅之 江下 雅之 明治大学 情報コミュニケーション学部 教授

憶測や噂の断片をまとめて人の興味をひく仕事は昔からあった

 情報が伝播していく間に、信じやすい形に、いわば情報が「ロンダリング」されることもあります。身近な例では、2017年10月に行われた衆議院選挙の愛知7区は不正選挙だったという話があります。この区の候補者は2人で、そのうちの1人は選挙前にスキャンダラスな事件を起こし、再選が危ぶまれていました。しかし、結果は当選でした。その意外な結果に、人々は好奇の目を向けます。すると、ネット上に、この区では無効票が異常に多かったという情報が流れます。選管の発表を確認してみると、それは約4%強、票数では1万1千ほどですが、2人の候補者の差はわずか800票だったので、無効票がちゃんと投票されていたら、結果は変わったかもしれません。もしかしたら、何らかの力が働いたのではないか、という印象が抱かれ、憶測となり、不正選挙があったということが事実のように語られ出したのです。調べてみると、確かに、同じ愛知県内の他の選挙区の無効票は2%や3%で、4%は統計的に有意に多いかもしれません。しかし、全国的に見ると、候補者が少ない選挙区は無効票が多い傾向にあり、10%を越えている選挙区もあるのです。愛知県内では、候補者が2人だけの選挙区はこの7区だけでした。このように考察していくと、無効票が4%というだけでは不正選挙だったとはいえないことがわかります。しかし、候補者がスキャンダラスな事件を起こした人、再選されるはずがないのに再選された、票差はわずか、県内では高い無効票率、それを換算すると票差を上回るなど、様々な情報がネット上ではすべて痕跡として残り、それを誰かがまとめると、しかも、その中には選管の資料とか、数字とか、もっともらしいエビデンス(証拠)の一部が切り取られており、いかにも不正選挙があっても不思議ではない印象ができあがり、それが伝播していくうちに「事実」として語られていったのです。

 こうしたことも新しい情報ツールの特徴的な現象とみられがちですが、同じようなことは歴史上にも見ることができます。19世紀半ば、フランスでは大衆新聞が一気に拡大しますが、そのきっかけをつくったのは、エミール・ド・ジラルダンです。彼は、様々な新聞の面白い記事を選り抜き、ひとつにまとめることに目を付け、剽窃新聞と呼ばれる新聞をつくり上げました。その新聞は、面白い記事が一堂にあって一気に安く読めると人気を博します。すると、今度はその人気に目を付け、新聞に広告を載せるというビジネスモデルを創始したのです。実は、それより半世紀前のフランス革命の頃には情報屋という商売があり、人々が興味をもつ王宮内の噂話などを聞き集め、憶測もまじえた面白い「事実」としてつくり、街のカフェなどで語り、儲けていました。それはクチコミのようなものでしたが、その内容を書き留めて集め、出版したり、さらにそれをネタにして小説を書く者も出てくるのです。やがて人々の識字率の向上や、文章を書いたり作れる人の増加、紙の量産技術の向上で印刷力が高まるなどのタイミングが重なり、そこにジラルダンが現われ、大衆新聞というメディアを一気に拡大させたのです。こうした流れは、情報ツールが一気に普及し、それにともなってインターネット上に集まる情報が膨大になり、情報をまとめるサイトが現れたり、その情報を元にフィクションがつくられたり、サイトに広告が付けられたりする、現代の現象も同じであることがわかります。

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