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精神鑑定は犯人救済のために行うのではない

明治大学 文学部 教授 高瀬 由嗣

特異な殺人などの重大事件では、多くの場合、加害者の精神鑑定が行われます。しかし、刑法第39条に「心神喪失者の行為は罰しない」という規定があるため、処罰を逃れるための鑑定ではないのか、と思われがちです。精神鑑定の本質はあまり理解されていないのです。

精神鑑定の専門家は精神疾患の詐病など確実に見抜く

高瀬 由嗣 刑法第39条には、心神喪失の者は罰しない。心神耗弱の状態である者に関しては罪を軽減する、という規定があります。それは、犯した犯罪に対して責任が問えない。つまり、責任能力がないということです。というと、多くの人が、それは理不尽ではないかと思いがちです。確かに、殺人を犯せば、正当防衛でない限り、それは違法です。犯罪です。絶対に許せることではありません。被害者遺族が犯人を憎む感情は痛いほどわかります。罪を犯した人の責任を問えないなどと言われれば、理不尽と思うでしょう。しかし、例えば、車を運転していた人が急に脳梗塞などになってしまい、身体のコントロールが効かなくなり、意識も半分消失したような状態で歩道に突っ込んだとしたらどうでしょう。たまたま、そこを歩いていた人がその車に轢かれて亡くなってしまった場合、それは非常に辛いことですが、その運転手の責任を問えるでしょうか。もちろん、人を轢いて死に至らしめたということにおいては違法です。しかし、その運転手を犯人として憎めるでしょうか。それと同じことが精神疾患のケースにもあてはまるのです。例えば、現実と自分自身の空想の世界との区別がつかなくなるような重篤な精神疾患に罹患している人が、周囲の人が自分を殺害しようとしているという被害妄想をもっていて、幻聴や幻視などの幻覚状態にあったとするならば、それらの症状ゆえに、突発的に周囲に対して暴力的になることもあり得ます。そのとき、この人の責任を全面的に問えるのかというと、それは難しい話です。だから、加害者に対して精神鑑定を行うというのは、その人が犯した犯罪行為に対して、責任を問える状態であったのかを調べ、責任を問うことができれば刑罰を与え、もし、責任が問えなければ、刑罰を与えるのではなく、治療を行うことを求めるのです。つまりは、精神科病院などでの強制的な入院加療です。

 しかし、脳梗塞なら医学的に証明できます。それに対して、犯罪行為を行ったときの心身の状態を科学的に証明するのは難しく、それは客観性に乏しい、という指摘があります。確かに、精神鑑定は、犯罪行為時の心身の状態を推論することに他ならず、その意味では指摘の通りです。しかし、精神鑑定は、おそらく一般の方が思っている以上に多角的で、非常に慎重に行われます。例えば、問診は、本人に対する直接インタビューだけでなく、本人をよく知る人たち、親や学校の教師、近所の人たちなどへのインタビューにもおよび、本人のふだんの様子や、常軌を逸したような行動が以前にもあったのかを把握します。また、私が専門にたずさわる心理テストを精神に疾患のある人に行うと、通常の人たちが受け答えするのとはまったく異なる答えが出てきます。さらに、近年では、脳波を取ったり、MRI検査をすることもあります。すると、脳のある部位が損傷を受けているということが、実際に確認できることもあります。最近では、一定の課題などを与えて、その間の脳の活動を観察するfMRI(機能的MRI)も導入されつつあります。与えた課題に対して、一般に活性化すべき脳の部位が活性化しなかったり、別の部位が活性化するなどの特異性を見出すことができる検査方法です。このように、何人もの専門家がたずさわり、すべての検査や問診の結果を総合してアセスメント(査定)し、精神鑑定書がつくられるのです。つまり、精神鑑定とは、客観的な証拠をひとつひとつ積み上げて、犯行時における精神疾患の存否や心理状態の推論を確実なものにしていく作業であるといえます。そのため、社会を騒がせたような重大事件では、鑑定に数ヵ月かかります。犯罪を行った者が、意図的に精神病に罹患しているかのように装って、処罰を逃れる刑事ドラマや映画のイメージをもっている一般の方々も多いと思いますが、現実には、そのようなことはまずできません。現実の精神鑑定からすると、ドラマなどの精神鑑定はストーリーを面白くするための茶番で、実際の専門家たちは、詐病などは確実に見抜きます。

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