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振込め詐欺を素材に、刑法による介入の限界を考える

内田 幸隆 内田 幸隆 明治大学 法学部 教授

実際は、詐欺罪は非常に柔軟に活用されている

 こうした議論があるというと、多くの人はそれはおかしいと思うかもしれません。高齢者が多額の金銭をだまし取られていることに注目すると、詐欺罪の厳格な適用を議論するよりも、もっと簡単に詐欺罪の成立を認めるべきだともいえます。実際のところ、実務では、詐欺罪の適用は非常に柔軟に考えられています。先ほど指摘した電話役や受け子についても、実務上は詐欺罪の適用が可能であるとされています。また、偽名で銀行口座を作った場合も、銀行からカードや通帳をだまし取ったとして詐欺罪の適用が認められていますし、詐欺罪の適用が困難だとしても、犯罪収益移転防止法によって、口座開設の際、銀行は本人確認を行うことが義務づけられており、その反面として偽名による口座開設は処罰の対象になっています。本来であれば、振込め詐欺全体を統括し、指示を出している人を詐欺罪に問えば十分と思われますが、実務上は、このように末端の実行役が詐欺罪による処罰の対象になっています。振込め詐欺による多額の被害金額をみれば、このような詐欺罪の柔軟な活用もやむを得ないのかもしれません。しかし、詐欺罪の適用範囲を広げた結果として、日常のよくあるウソにも詐欺罪の成立が考えられるようになってしまいます。例えば、未成年者が年齢を誤魔化して酒やタバコを買う場合に、その未成年者を詐欺罪に問うべきでしょうか。

 また、いわゆる共謀罪を立法化することについて、いま、様々な議論がなされています。反対する人たちの脳裏には、戦前戦中の治安維持法の運用があると思われます。当初は限定的に適用すると説明されていた治安維持法ですが、その後は、時の政権にとって都合良く適用されるようになってしまいました。その結果、日本の社会がどうなったのか、それは歴史が示しています。そのような反省もあり、法の適用、特に刑法の適用には慎重な議論があるべきです。

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