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少年法適用年齢、引き下げて大丈夫ですか?

上野 正雄 上野 正雄 明治大学 法学部 教授

選挙権年齢が18歳以上に引き下げられたことを受けて、少年法の適用年齢も17歳以下に引き下げることが検討され、世論調査でも賛成が多数を占めているといいます。一方で、この引き下げに反対する声も根強くあります。反対する理由は何なのか。そこには賛成している人たちの多くが誤解している事実があるといいます。

少年法も刑法も目的は同じ、「社会を犯罪から守る」こと

上野 正雄 少年法とはどういう法律なのか、多くの方が知っているようで、実は、その本質を理解している人は少ないのではないかと思います。刑法と比較してみるとわかりやすいのですが、少年法も刑法も同じく犯罪に関連する行為を阻止することを目的としています。それは、犯罪から社会を守らなければならないからです。人は社会でしか人として生きられないのですから、その社会を守り、維持していくことがどうしても必要です。そのために社会は様々なルール(社会規範)を設けていますが、法律も当然その一つです。その中で、少年法と刑法はどちらも、社会を守るために犯罪を阻止するという目的の下に制裁を規定しているのです。では、両者は何が異なるのかといえば、制裁の中味です。刑法は刑罰すなわち「刑事処分」を科しますが、それは基本的に「応報」という考え方に基づいています。犯した犯罪に応じた報いを受けさせる、罰を与えることで、犯罪を犯すのは止めようと思うようになることを期待しているわけです。

 これに対して、少年法は「保護処分」という強制的な「教育」を施すことによって犯罪的な問題性を解消させて立ち直らせようとしています。なぜなら、少年は未成熟ですが、そのままそこに止まっているわけではなく、将来に向かって成長発達していく途上にあるからです。成長発達していくということは変われるということで、それを「可塑性」といいますが、この可塑性が高いからこそ、犯罪を阻止するためには応報よりも有効と考えられる教育による更生を期待することができるのです。教育によって少年を立ち直らせ、それによって「社会を犯罪から守る」、これが少年法の本質です。

 少年法と刑法の適用年齢の境が20歳になっていることについては、近時の脳科学や神経科学によれば、25歳くらいまでは非常に高い可塑性があるという考えも示されていますので、今後、法律の分野でも議論されていくと思われます。しかし、少なくとも現行の少年法の適用年齢を引き下げるべきという議論の中に、18~19歳にはもはや可塑性はないからという理由は挙げられていないようです。世論でも、少年法の適用年齢の引き下げに賛成は7~8割といわれていますが、その理由は可塑性の問題ではなく、18~19歳には刑法と同じように「応報」で対処すべき、という考え方に基づいていると思われます。では、少年法と刑法に共通する究極的な目的である「社会を犯罪から守る」を達成するために、18~19歳に刑法を適用することは有効なのでしょうか。

少年法だからこそできる処分

 成人の犯罪では、微罪事件の場合に警察の捜査のみで、検察に送られずに、刑事手続きが終了する微罪処分という制度があります。また、検察に送られても、そのうち裁判所に起訴されるのは1/3ほど。2/3は不起訴となっています。さらに起訴されても、懲役刑の半数以上は執行猶予とされ服役しません。つまり、成人は罪を犯しても、公式の処分も手当もないまま社会に戻されるケースが非常に多いのです。それに対して少年法には、微罪処分や起訴猶予のような制度はありません。すべての犯罪事件が家庭裁判所に送られ、家庭裁判所調査官という専門家の調査を受けるのです。また、例えば、覚醒剤の事件は、芸能人などが逮捕されるとマスコミにも大きく取上げられ、大騒ぎになりますが、どんなに耽溺していても、初犯であれば、ほぼ執行猶予になっていることを多くの方がご存じでしょう。これに対して、少年であれば、同じような事情であっても、ほとんどは少年院送致となっています。初犯だから…、などということはありません。

 さらに、少年法の対象は、犯罪にとどまらず、触法、虞犯にも及びます。虞犯とは犯罪の虞(おそれ)があるということです。まだ犯罪はまったく起こしていなくても、一定の不良な生活状況にあって将来犯罪を起こす差し迫った虞があれば、それを改善させるために少年院に送致するというケースもあるのです。

 このように、刑法の処分よりも少年法の処分の方が厳しい場合があります。それは、先ほども言いましたように、刑法が「応報」を基本にしているのに対して、少年法は「教育」が基本だからです。もとより可塑性は良い方向にも悪い方向にも働くわけですが、教育によって、悪い方に変わる可能性を萌芽の段階で手当てし、良い方に変わらせようとしているわけです。

 もし、少年法の適用年齢を17歳以下に引き下げると、これら微罪や初犯の18~19歳の者の多くは微罪処分や不起訴、執行猶予となり、ましてや虞犯で処分されることもなく、結局のところ、何の手当も受けないまま社会に戻され、さらに悪くなっていく危険性が、可塑性が高いがゆえに却って成人よりも大きいはずです。つまり、少年法適用年齢の引き下げは、犯罪の増加にさえつながりかねないのです。これでは、「社会を犯罪から守る」という目的にとって合理的なものとは到底いえないでしょう。

少年法の「保護処分」は強制的な「教育処分」

 少年院は、子ども用にちょっと優しくした刑務所のようなイメージを持たれがちですが、まったく異なります。刑務所でも矯正教育は行われていますが、刑法上、基本的には犯した犯罪に応じた報いとしての刑事処分を受けさせる応報の場です。それに対して少年院は徹底的な教育の場です。前職の裁判官当時、10人ほどの17~18歳の少年が輪になって席に着き、一人ひとりが自分自身について発表していくという教育プログラムを行っている場面を視察したことがあります。自分を客観視できていない発表には、周りの少年から厳しく糾弾されることもあり、泣き出す少年さえいました。少年院に送致された少年たちは、自分自身の資質や生まれ育った環境の影響で、精神的に未熟なケースがほとんどです。少年院での教育プログラムによって初めて自分と向き合わされ、自分自身のことや社会との関わり方を考える少年も少なくないのです。そのような矯正教育は、刑務所で淡々と刑務作業を続けるよりはるかに厳しく苦しいのではないかと思います。実際、刑務所暮らしに慣れ、社会に出ても刑務所に入るために再び犯罪をする被告人はいましたが、少年院にまた入りたいという少年は一人としていませんでした。同じ教育でも、学校教育などとは全く異なるのです。

 少年院送致は「保護処分」の一つです。保護処分には他に、児童自立支援施設(旧教護院)送致、保護観察などがありますが、一般的に使われる「保護」という言葉の語感から、いずれについても、罪を犯した少年を、その年齢も犯罪内容も問わず、少年を非難する社会から隔離して守っているようなイメージで捉える人も多いと思います。しかし、いずれの保護処分もその本質は、教育であり、しかも、犯罪に関連する行為を行ったことに対する制裁としてなされる以上、当然ながら強制的に科されるものなのです。少年法は、このような強制的な教育処分を保護処分と称しているのであり、決して、少年を社会から保護する処分ではないのです。換言すれば、社会を犯罪から保護するために、このような厳しい教育をすることによって少年を更生させようとしているのです。

現行少年法のもと、激減してきた少年犯罪

 少年法の適用年齢の引き下げに賛成する人たちの中には、刑事処分を受けさせることによって被害者に配慮すべきであるという意見をもつ人も多いと思います。しかし、重大な犯罪を犯した少年は、いまの少年法の下でも、成人と同じく刑事裁判を受けさせて刑事処分を科すことができる、いわゆる逆送という制度があります。つまり、重大事件を起こした18~19歳の少年は、少年法適用年齢の引き下げがなくても、刑事処分を受ける可能性が高いのです。むしろ、先に述べたように、現在軽微な犯罪や虞犯で保護処分を受けている、依然として可塑性の高い18~19歳の者が、少年法適用年齢の引き下げによって保護処分を受けることがなくなることはもちろん、刑事処分も受けなくなることの方が影響は大きいと思います。もちろん、少年院で矯正教育を施したからといって、100%立ち直るわけではありません。口を揃えて絶対に戻りたくないという少年院に戻ってしまう少年も3割ほどいます。しかし、日本の少年事件は年々減少しているのです。検挙者数は、ピーク時の1983年から75%も減少し(刑法犯)、なかでも凶悪事件と言われる殺人、強盗、強姦、放火に限れば1960年のピーク時に比べ、1/10以下にまで減少しているのです。この結果が、あげて少年法がうまく機能してきたためであるとまでは言えないでしょうが、少年犯罪の減少に現行の少年法が寄与してきた部分は大きいと考えられるのではないかと思います。

 19歳までを対象として、可塑性の高い、すなわち教育に期待できる少年に対しては徹底的な教育によって更生させ、それが困難な少年に対しては刑事処分を選択するというシステムを採る現行の少年法は長期にわたって社会を犯罪から守るに大きな効果を発揮してきているのです。

 適用年齢の引き下げ、しない方が良いと思いませんか。

>>英語版はこちら(English)

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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