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「空間の放射線が作物に移る」ことはない!! 風評被害は誤解から生まれる

登尾 浩助 登尾 浩助 明治大学 農学部 教授

空間線量が高くても干し柿に移るわけではない。放射線量には誤解が多い

登尾 浩助 都会の消費者にとっては、福島の農村でどのような努力がなされているのかを知る以上に、そこで採れた作物が安全であるのかを知ることが重要でしょう。その意味で、福島で行っている米の全量検査(スクリーニング)、野菜や果物のサンプル検査(モニタリング)は効果的です。原発事故以後、私たちは何回か放射能汚染のシンポジウムを開きましたが、検査が行われる前は、そこに福島県内の生産者の方がおいでになって、「一生懸命作っているので、安心して食べてください」と懸命に訴えていました。その方は、作ったものが安全であっても風評被害で売れない状況を何とかしたいという思いだったのでしょうが、訴えるだけでは消費者は納得しないし、安心もしません。検査が始まり、安全である証拠を数字で提示することで、初めて不安感が薄れていったのです。

 今年の3月に私が行っていたマレーシアの大学付近の放射線量は、0.3μSv/hを越えていました。また、放射能に汚染されているからと日本の海産物の輸入を禁止している韓国の金浦空港の放射線量は、羽田空港の0.06μSv/hよりも高い0.14μSv/hでした。ガンマ線の種類がわかる測定器を持って行って調べたところ、それらはカリウムとトリウムから出ていることがわかりました。カリウムは花崗岩の中に含まれています。朝鮮半島には花崗岩が非常に多く、そのため、その砂利を使ったコンクリートで建てられた建物の付近は自然と放射線量が高くなるのです。マレーシアにもドロマイトという岩石があり、その中にトリウムが含まれています。つまり、自然のままで現在の飯舘村の放射線量と同程度の地域に、人々は昔からずっと生活してきているのです。

 さらに、空間線量が高いからといって、その地域で採れた作物の放射線量が上がるわけではありません。このことは多くの方が誤解しているようで、以前、ある大学の先生が、福島の名物である干し柿の「あんぽ柿」が食べられなくなるという話をされていたので驚いたことがあります。空間線量が高いところに柿を干したからといって、その柿に放射線が移ることはありません。作物の放射線量が高くなるのは、セシウムに汚染された土壌水を根が吸い上げて、植物内に蓄積するからです。外から放射線を浴びせても、それが作物の中に残ることはありません。ちなみに、飯舘村の空間線量は、現在でも0.3μSv/h程度ありますが、先に述べたとおり、新たな農法によって収穫した作物にはセシウムは検出限界以下しか含まれていませんでした。

論理的思考の実践が風評被害をなくす

 最近、話題になった豊洲の地下空間の問題でも、溜まっていた水が高アルカリ性だと大騒ぎになりましたが、おそらく、コンクリート面に長期間溜まっていたからです。コンクリートから溶け出したカルシウム分の影響で水はアルカリ性になったのです。

 これらの問題は、その分野の検証を真摯に行ってきている研究者であれば、科学的知見のもとに正しい情報を発信することができます。しかし科学者や専門家であっても、科学的根拠なしに発言することは、風評被害につながりかねません。科学者であればこそ、科学者として真摯な姿勢と良心を忘れてはいけません。

 また、マスコミにはセンセーショナルな視点に偏るのではなく、まず、しっかりと事実に向合って、わかることと、わからないことを分別し、わからないことをわかるようにしようとする姿勢をもってもらいたいと思います。こうした論理的思考を実践することによって、真摯な科学者との有効な協働が可能になります。そうすれば、風評被害など起こらなくなるはずです。戦後70年、日本は世界の一等国によくぞ成長したと思います。しかし、風評被害が起こるような国はまだまだです。科学とマスコミの協働と向上によって、日本はさらに優れた真の一等国に成長できると思います。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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