明治大学の教授陣が社会のあらゆるテーマと向き合う、大学独自の情報発信サイト

出生率が継続的に低下していく、いわゆる「少子化」は社会保障をはじめ経済全般に大きな影響を与える深刻な問題である。筆者は今年3月からスタートした、内閣府の「少子化危機突破タスクフォース」に参加し、少子化対策の提言をまとめた。それを踏まえた少子化を取り巻く現状と、求められる対策について解説したい。

人口データ分析から見る「少子化」の憂えるべき現状

安藏伸治教授 私が専門とする人口学は、年齢や性別、世帯構造、学歴、職業等の人口学的特質を活用して人間の行動を分析する学問である。特に人口変動に密接に関わりのある、出生、死亡、結婚、離婚、移動の動向を研究対象としている。人口学にとって重要なことは、必ず信頼できるデータを用いて検証していくことである。人口学研究は事実の確証に基づく、極めてデータオリエンテッドな学問である。現在、この人口学が取り組むべき最大かつ喫緊の課題が「少子化」問題である。日本の少子化はすでに40年前から始まっている。合計特殊出生率(女性が一生の間に生むとされる子供の平均数)が2.07を確保することができれば、「人口置換水準(人口を維持できる数値)」を保っているとされている。この水準を継続的に下回る現象が「少子化」である。日本は1973年の2.14を境に低下しはじめ、2005年には過去最低の1.26まで低下した。その後2012年には1.41まで回復したとされるが、これは国の少子化対策が奏功しているのではなく、1971年~1974年に生まれた第二次ベビーブーム世代の女性が、40歳前後になり様々な努力で産んでいる現象でしかない。今後、母親人口は確実に減少する。出生率がこのままの水準で推移すれば2300年には日本の人口は約360万人に激減すると予測され、年金、介護などの社会保障が崩れ国家の保全もできない状況に陥る可能性がある。

出生率は低下しているが有配偶出生率に変化はない

年齢別出生率の推移のグラフ 年齢別出生率の推移を見てみよう。現在80歳代の人が生まれた1930年の出生率は4.70。この妊孕力(子どもを産む能力)の高さは、若い時期から妊娠・出産を継続してきたことと避妊が普及していなかったことが大きい。妊娠・出産は、子宮を含む母体をリセットし妊孕力を高めるとされている。近年は高齢初産が増えつつある傾向にあるが、生物学的には高齢化すれば卵子は老化し精子は劣化、受胎確率は悪化する傾向がある。不妊治療を経て40代半ばで妊娠・出産した例もあるが、それは奇跡に近い。60歳代前半の人達が生まれた1950年の出生率は3.65である。1950年~1960年は妊娠・出産を取り巻く環境に大きな変化が起きた。その一つは避妊が普及しはじめたことであるが、同時に出生数とほぼ同数の中絶も行われた。背景には、少ない数の子供を大事に育てるという意識の高まりがあり、第三子、第四子の出産制限という社会的風潮が広まっていった。その傾向は1970年代に入ると定着し、避妊のより一層の普及とともに、いわゆる「二子規範」が世帯構成の主流になった。40歳代が生まれた1970年の出生率は2.13であり、それ以降、わが国では少子化が進展していくことになる。
 しかし注目すべきは、単なる出生率(合計特殊出生率)の数値ではない。日本では「嫡出でない子の出生割合」は全出生の2%と低い。つまり実質的な出生率は「結婚している女性が産んだ子」と「結婚している女性人口(有配偶女性)」の比率から成り立っていることになる。1970年以降、この「有配偶出生率」の大きな減少は起きていない。すなわち、結婚すれば女性の多くは妊娠・出産する。したがって、出生率の低下は婚姻率の低下が影響しているということになる。30歳から34歳の女性の未婚率は、1980年には9.1%だったが、2010年には34.5%、同じく35歳から39歳では、5.5%から23.1%と4倍以上に激増している。その傾向は男性も変わらない。35歳から39歳では1980年には8.5%だったが、2010年には35.6%まで増加している。結婚した女性は子どもを産む傾向があることを踏まえれば、少子化の原因は「未婚化」が主因と考えられるのである。また「晩婚化」に伴う出産年齢の上昇は「第三子出生」を減少させ、さらに「第二子出生」へも影響し「不妊」問題につながっていくことが考えられる。では、なぜ「未婚化」、「晩婚化」、「晩産化」が進んでいるのだろうか。

家族の変化が生んだ男女間にある結婚観の乖離

 「未婚化」「晩婚化」が進む背景には家族の変化が指摘できる。高度経済成長時代、父が主たる働き手で母は専業主婦、そして子どもが二人という、いわゆる「標準世帯」が家族の一般的な形態として定着した。大きなターニングポイントとなったのは1973年のオイルショックである。これを契機に「重厚長大」型の産業から「サービス型」の産業に産業構造が移行、その変化は家族の在り方にも影響をもたらしたのである。パートタイム就業などで母親がサービス産業の労働市場に参入したことで、かつての「標準世帯」は減少していった。さらに女性の高学歴化が急激に進展、男女雇用均等法などにより就業機会は一層拡大し、女性たちの経済的自立が可能となった。バブル経済による大量採用や大幅な賃金の上昇は未婚化、晩婚化の進行に拍車をかけた。そして、「二子規範」ゆえに戦前のような家庭内人口圧力もない中、成人後も父親の経済的環境の中で生活し、パートタイマーではあるが専業主婦としての役割を行う母親からの家庭サービスを享受し続けていくことが、男女ともに可能なのである。2000年の国勢調査によると、20歳~39歳の未婚男性の62.5%が、未婚女性71.7%が親と同居している。その結果、男性は母親のような伝統的役割分担を行ってくれる女性を求める傾向が強くなり、女性は自分の両親が与えてくれるような経済環境と家庭サービスを提供し、あるいは協力して自分たちの家庭を築いてくれるような男性を求める。こうした男女の結婚観や価値観の乖離が結婚を躊躇させることとなる。

結婚後の経済的安定と家族形成環境の確保が必要

 「未婚化」「晩婚化」の進行に歯止めをかけるための少子化対策は、すでに結婚し子どもを持っている人たちに対する「育児支援」や「待機児童問題」「子ども手当の増額」などの次世代育成支援を議論の中心に置くのではなく、再生産年齢の未婚男女が結婚し家族形成しやすくなる環境の整備こそが必要である。それは結婚後の経済的安定と家庭形成環境の確保を両立させることだろう。結婚後の経済的安定のためには、結婚・出産後の正規雇用と安定、男女の非正規雇用を減少することが求められる。家族形成環境の確保のためには、伝統的性別役割分業の再考、男性の自立、夫の家事・育児支援、地域社会と連動した育児支援、学童保育の拡充など、本当の意味での男女共同参画社会を実現する必要がある。そして、出産年齢の高齢化に伴う不妊治療の支援やリプロダクティブヘルス(妊娠や出産に関する健康)に係る知識の普及ならびに教育の実施など、国、自治体、企業、地域社会が連携してリプロダクティブヘルスへのサポート体制を充実させていかねばならない。

少子化タスクフォースの提言「女性手帳」の真のねらい

安藏伸治教授 最後に、私が参加している内閣府の「少子化危機突破タスクフォース」に触れておきたい。森雅子少子化担当大臣は少子化対策として、「育児支援」、「仕事と家庭の両立支援」、そして「結婚と妊娠・出産」の三つの支援策をあげている。私が「妊娠・出産検討サブチーム」のリーダーとしてメンバーとまとめたのが、「妊娠・出産に関する知識の普及、教育」、「妊娠・出産に関する相談・支援体制の強化」、「産後ケアの強化」のこれまでの少子化対策では手を付けられてこなかった三つの方策である。その中の一つ「妊娠・出産に関する知識の普及、教育」については、一部のネットやマスコミで、断片的な情報を拡大解釈して「女性手帳」として女性の生き方への国の干渉と批判されたが、言うまでもなくそのような意図はまったく、またあってはならない。このアイデアは「母子手帳」がモデルになっている。母子手帳は周産期の母体の情報から出産を経て子供が成長するまでのすべての医療情報を記し、出産・育児に係る行政の様々なサポートとリンクした日本が世界に誇る素晴らしいシステムである。「女性手帳」は母子手帳から個人の記録を引き継ぎながら、初経期から妊娠や出産、不妊、そして閉経までの多様な医療情報や行政サポートなどを男女ともに情報提供するものと、自分の情報を記載する二部構成を想定していた。
 人間の平均寿命は延びているが妊娠出産が可能な時期は変化していない。その状況を踏まえ、国が妊娠・出産に介入するのではなく、妊娠・出産する時期を失わずにその権利(リプロダクティブヘルスライツ)を守れるよう、そのための知識や情報を広めることは極めて重要である。若い男女が結婚や家族形成を求めるならば、また子育てをしながら就業継続を希望するならば、それを阻む問題を解決していくことが必要である。若い男女が多様なライフコースを選択できるよう社会経済環境を整備していくことが国の施策として最も求められる点である。総合的な政策の充実が、少子化対策の基本であることを今後の「少子化危機突破タスクフォース(第二期)」においても提言していきたい。

※掲載内容は2013年9月時点の情報です。

>>英語版はこちら(English)

【キーワード別 関連記事はこちら】
少子化
結婚
人口減少
出生率

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

社会・ライフの関連記事

「道の駅」には、地域活性化の拠点となるポテンシャルがある

2024.3.14

「道の駅」には、地域活性化の拠点となるポテンシャルがある

  • 明治大学 商学部 特任准教授
  • 松尾 隆策
行政法学で見る「AIの現在地」~規制と利活用の両面から

2024.3.7

行政法学で見る「AIの現在地」~規制と利活用の両面から

  • 明治大学 法学部 教授
  • 横田 明美
LGBTQ問題の法整備の遅れと最高裁の視点

2024.2.29

LGBTQ問題の法整備の遅れと最高裁の視点

  • 明治大学 専門職大学院 法務研究科 教授
  • 清野 幾久子
地球のエネルギー問題・環境問題を解決へと導く人工光合成

2024.2.22

地球のエネルギー問題・環境問題を解決へと導く人工光合成

  • 明治大学 理工学部 准教授
  • 岩瀬 顕秀
COVID-19による経済への影響と支援策から見えた、日本の危機

2024.2.15

COVID-19による経済への影響と支援策から見えた、日本の危機

  • 明治大学 専門職大学院 ガバナンス研究科 教授
  • 加藤 竜太

新着記事

2024.03.21

ポストコロナ時代における地方金融機関の「新ビジネス」とは

2024.03.20

就職氷河期で変わった「当たり前の未来」

2024.03.14

「道の駅」には、地域活性化の拠点となるポテンシャルがある

2024.03.13

興味関心を深めて体系化させれば「道の駅」も学問になる

2024.03.07

行政法学で見る「AIの現在地」~規制と利活用の両面から

人気記事ランキング

1

2020.04.01

歴史を紐解くと見えてくる、台湾の親日の複雑な思い

2

2023.12.20

漆の研究でコーヒーを科学する。異色の共同研究から考える、これか…

3

2023.09.12

【徹底討論】大人をしあわせにする、“学び続ける力”と“学び続けられ…

4

2023.12.25

【QuizKnock須貝さんと学ぶ】「愛ある金融」で社会が変わる、もっと…

5

2023.09.27

百聞は“一食”にしかず!藤森慎吾さんが衝撃体験した味覚メディアの…

連載記事