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手書き文字の味を活かした、きれいな自分だけの文字ができる

中村 聡史 中村 聡史 明治大学 総合数理学部 教授

パソコンは、ひとが文字を書く労力を大きく減少させてくれた一方で、決められたフォント(書体)による文字は手書き文字に比べ無個性的です。そこで、手書きの良さとデジタルの良さを融合させる研究が本学、総合数理学部の中村教授の下で進められています。

平均手書き文字に関する興味から始まった融合文字の研究

「中村研究室で開発した文字練習アプリ」
「中村研究室で開発した文字練習アプリ」
 私たちは、自分にとってのきれいな手書き文字を作るという技術を開発したのですが、その出発点となったのは、平均手書き文字ってどういうものなのだろうということにあります。平均手書き文字を求めるために、手書き文字を数式として表現する手法を実現し、数式の平均を計算することで、平均手書き文字を生成する手法を研究開発してきました。また、その研究の過程で本当の手書き文字よりも平均手書き文字の方が、個人の平均手書き文字よりも全員の平均手書き文字がきれいであると評価されること、そしてひとは字のうまい下手に関わらず、他者より自身の手書き文字のことを高く評価することを明らかにしてきました。

 こうした平均手書き文字に関する知見をもとにして、様々な研究開発を行ってきました。そのひとつが、きれいな文字を書くための練習手法(Mojivator)になります。多くのひとが子どもの頃に、薄く書かれたお手本の文字を鉛筆でなぞるように書き、きれいな文字を書くという退屈な練習をした経験があると思います。私たちは、この手書き文字をペンタブレット上でモチベーションを保ちつつ練習を行える手法を提案し、プロトタイプシステムとしてiPhone上で動作するアプリケーションを開発しました。具体的には、画面上のお手本の文字に合わせて文字を書く練習をするときには、当然ですが、お手本の文字とはずれます。ここで、我々のシステムは、ユーザの手書き文字を数式として表現し、またお手本の文字も数式として表現し、その数式同士の平均を求めることで、ユーザに対して自動的に補正された手書き文字を提示します。この仕組みにより、ユーザは上手く書けたような気になり、満足度が生まれます。通常、悪筆のひとほど文字をきれいに書く練習をしなければいけませんが、書いても書いても下手だと練習する気が起きません。また、添削してくれるシステムや、採点してくれるシステムは、下手なことをズバリと指摘されているようなもので、ネガティブな気になることもあります。しかし、書いた文字がお手本に近い文字になると、思った以上に上手く書けている気になり、もっと書いてみようと繰り返し練習するモチベーションになるのです。しかも、この補正割合は任意に設定できるので、例えば、最初は8割くらいお手本に近づけ、上手く書けるようになってくれば、5割、3割と調整していくこともできます。

 このシステムの技術を応用し、文字認識システムと組み合わせたものが、平均手書きノート(Mojirage)になります。平均手書きノートでは、ユーザの手書きをリアルタイムで認識および数式化し、そのユーザの過去の手書き文字や他者の手書き文字と融合することによって、きれいな手書きのノートをとることができるというものになっています。また、このシステムの発展として、ユーザの手書き文字を平均手書き手法で自分なりの個性は残しつつきれいな文字とし、その文字をドローイングロボットが鉛筆やボールペン、サインペンや万年筆などで書くシステムを開発しました。このシステムは、手書きとは何なのかということを再考するものとなっています。

 さらに別の応用として、コンピュータ上のフォントを数式として表現可能とすることにより、手書き文字とコンピュータのフォントとを融合する手法も実現してきました。ここで手書きとコンピュータのフォント、手書きとコンピュータのフォントを融合した文字について、手紙として出すならどれが抵抗なく出せるか、また、手紙としてもらった場合、どれがうれしいかを調べる実験をしたところ、融合文字が自分の文字の味は出ていてきれいであり、抵抗なくひとに出すことができること、また、もらってもうれしいという結果が出ました。もちろん、自分の手書き文字が好きで、自信をもって書いているひともいるでしょう。一方で、例えば、目上のひとやお世話になったひとに手紙を出すとき、手書き文字に自信がなく恥ずかしいというひとも多いと思います。だからといって、コンピュータのフォントだけを出力するような手紙では味気なく、そして失礼な場合もあるでしょう。そのようなとき、このような手書き文字とフォントとの融合文字があれば、非常に役立つと思っています。

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