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インバウンドとアウトバウンドが逆転した日本が、 観光立国へ向けていますべきこと

佐藤 郁 佐藤 郁 明治大学 国際日本学部 専任講師

住んでいる人が誇りをもてることが観光立国の本質

佐藤 郁 イギリスやフランスは観光大国としての一例です。参考にすべき点がたくさんありますが、かといってそれをそのまま真似れば日本も成功する、というものでは決してありません。日本には、日本の歴史文化や社会に根ざした日本らしい取組み方が必要であり、実際、様々な戦略が推進されています。そのひとつに日本版DMO(Destination Management Organization)があります。DMOとは、市町村などの行政の区割りを越えた広域的な観光エリアをベースに、その地域の観光に関わるマーケティングやプロモーションを含めた、一括したプラットフォームになる自立した組織のことです。現在、企業が連携したものや、官民一体など、様々なスタイルの組織が各地で立ち上げられています。観光にたずさわる人たちは多種多様であり、中には交通業や製造業のように直接的には観光業ではないものの、密接な関係のある業種もあります。DMOは、そうした関係者が連携した観光エリアを統一したマーケティングで発信していくことで、広域な観光圏を形成し、その地域のブランドの構築を主導していくことが期待されています。

 地域が「場所」としてのブランド(プレイスブランド)を創り出していこうとすることは、競争力のあるアイデンティティを形成することであり、それはとても有意義なことです。プレイスブランドを確立するために必要なのは、まずそこに住んでいる人たちが自分たちの住む地域に誇り(civic pride)をもち、幸せに暮らしていることであり、それが結果的に外の人を惹きつけることにつながるのです。それは、フランスの例を見てもわかります。かつて、小泉首相は観光立国懇談会を行なったときに、「住んで良し、訪れて良しの国づくり」というスローガンを掲げました。言い得て妙です。インバウンドの数字ではなく、最初に「住んで良し」を掲げることこそ、観光立国として目指すべき本質があると思います。

 インバウンドの急激な増加により、自分たちが生活する空間に、集団内での(暗黙もしくは明示の)ルールを知らない不特定多数のビジターが大量に入ってくるようになりました。グローバル化が進む現在、限られた人だけが共有していた地域空間や観光資源は、より多様な背景をもった多くの人々に開かれてきています。そこに住む人が誇りをもって幸せに暮らせるためには、住んでいる人が中心になって、外からアクセスしてくる不特定多数のビジターにとって空間や観光資源はどうあるべきか、という視点を加えた新たな観光ビジョンをみんなで構築していくことが必要です。今こそ、多くの人々を巻き込んで日本の「新しい公共」のかたちやルールを模索していかなければなりません。観光はステークホールダー(利害関係者)がとても多い活動であり、これがまさに多くの人々を巻き込み、「住んで良し、訪れて良し」の「新しい公共」のかたちを構築する力になるのです。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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