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フランス大統領選挙の結果、ポピュリズムは退けられたのか?

髙山 裕二 髙山 裕二 明治大学 政治経済学部 准教授

地域自治の役割を見直すことも必要

 しかし、こうした時代に現れる権威主義的な指導者には注意を払う必要があります。ポピュリズムは専制につながり、それが抑圧になり得ます。このことを最も早く指摘したのは、フランスの政治思想家アレクシ・ド・トクヴィルです。1831年にアメリカ合衆国を旅行したトクヴィルは、そこに民主主義が純粋に花開いている社会を見ます。しかし、当時の米国大統領ジャクソンが、読み書きもできないとまで揶揄されながら、教養のあるエリート層に対する民衆の反発により、多数に支持されていることを「多数の専制」と警鐘を鳴らします。そこでトクヴィルが注目したのは、権力分立の体制です。特に、司法の役割は極めて重要であり、また、議会によるチェックがなければ政府は暴走しかねません。そもそも、「普通選挙制は優れた政治家を選ばない」と言うように、政治指導者にも過度な期待はしていません。彼らを選ぶ民衆は経験や知識が浅いからです。それでも、民衆が政治や社会のことを学ぶ機会が開かれていることに民主主義の可能性を見出しました。「自治と自由の関係は小学校と学問の関係に相当する」は、トクヴィルの名言とされますが、皆が政治に参加すれば自由な社会になるわけではありません。それは、民衆が政治に関心を持てば政治が良くなるとはかぎらないのと同じです。肝心なのは、政治や社会の活動に参加することで、社会の一体性を感じながら、自分と異なる様々な意見や立場について考えることです。それが自由で活力ある社会を生むとトクヴィルは考えました。先に述べたように、民主主義の社会ではポピュリズムの動きは必ず起こりますし、専制も起こり得ます。だからといって民主主義を否定しなくても、専制を抑止しうるものは民主主義の中に求めることができると言うのです。19世紀前半に、勃興する民主主義を考察した彼の言葉は、現代にも鋭く突き刺さります。

 ポピュリズムは民主主義と不可分でさえあります。ポピュリズムに権威主義化、専制のような負の傾向があるのも事実ですが、それも民主主義に由来しています。繰り返しになりますが、ポピュリズムを否定しても、民主主義社会では何の問題解決にもなりません。必要なのは、ポピュリズムに真摯に向き合うことであり、そこから解決策を見出していくことではないでしょうか。そのためには、トクヴィルも指摘するように、私たち一人ひとりが多様な意見に接し、社会のこと、政治のことを学ぶことがとても重要です。そもそも民主主義とは何か、民主主義は何によって支えられているのか、という視点も、こうした学びによって培われます。これほど情報があふれているのに、自分と違う意見に接する機会が減っているように見えるいまの日本そして世界では、トクヴィルの指摘は他人事ではありません。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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