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2014.12.01

【特別号】箱根駅伝優勝を夢見て ―競走部に懸けた20年間の奮闘の軌跡―

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組織のマネジメントは「ヒト、モノ、カネ」 目的と手段が見えたらできるところから地道に

 まずはヒト。部員である学生を一朝一夕に取り換えることはできません。ならば、指導者からだと考えました。高校野球でも、強い指導者がいる学校は強い。今までのコーチにはお引き取りいただき、部員OBで熱心な人たちに声を掛けました。多くの人が「やりたい」と言って引き受けてくれましたが、みな30~40代のサラリーマンです。なんとか格好はつきはじめましたが、いざ実際にやってみると、彼らを土日に家庭からひきはがすことになってしまうわけです。「お父さんを返してください」と奥さんたちからの陳情が引きも切らず…これにはまいりました。
次にはカネの問題です。「明大箱根駅伝を応援する会」という会をつくることにしました。私の知っている中で呼びかけ人として名のある人を揃え、「やっぱりどうしても『M』ユニフォームが箱根を走るところを見たい」とみなが言ってくれました。ロイヤルホスト創業者の江頭匡一さん、作詞家の阿久悠さん、野球人の星野仙一さん、明大税理士会の会長、明大会計士会の会長、明大弁護士会の会長など、次から次へとお願いに行き、錚々たる人たちが集まってくれました。こうして集まった資金で徐々にモノを揃え、遠征費や選手の勧誘ができる基盤を整えていきました。
そして2001年、大きな転機が訪れました。現競走部駅伝監督の西さんという優秀なプロの指導者を口説く機会を得たのです。この機会を逃すものかと、私は「駅伝監督になってください」と何度も西さんのもとに通いました。「実業団の指導者を考えていた」という西さんを拝み倒した末に、ついに「先生の情熱に負けたわ。やってみるよ」と言ってもらうことができました。この瞬間を思い出すと、今でも涙が出てきます。西さんは指導のメソッドが優れているだけではなくて、その誠実な人柄でも知られており、これで選手も徐々に強くできるだろうと思いました。
2003年には、理事会がスポーツ強化予算を競走部につけてくれるようになったこともあり、「ヒト、モノ、カネ」の何もがなかった明大競走部は、ようやく戦うための必要条件を手に入れることができたのです。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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